「アンノーという人」
2016.07.12
画家・安野光雅(あんの みつまさ)さんの展覧会に行ってきました。
「御所の花」と銘打って、福光美術館で開かれている安野光雅展。
安野さんの卒寿(90歳)を記念して開催されているもので、天皇・皇后両陛下のお住まいである皇居吹上御所の庭に咲く花々を描いた水彩画、130点が展示されていました。
安野光雅さんの名前を初めて知ったのは、高峰秀子さんの本。
大女優として有名な高峰秀子さん。エッセイストとしても著名で、「好きなエッセイストを誰か一人」と聞かれれば、迷うことなく高峰秀子さんを挙げます。リズム感があり、キレのある文章。みごとなまでに剃(そ)ぎ落とされた文体は、高峰秀子さんの生き様そのものを表しているようです。
高峰秀子さんの著書に、「おいしい人間」(文春文庫)という本があります。
この本に、「アンノーという人」という一文が掲載されていますが、この「アンノー」こそが、まさに安野光雅さん。
「アンノでーす」と、ズバリ言わせてもらうなら背広を着た熊の子みたいなオッチャンが現れたのにはビックリした。ヘアスタイルは現在(いま)ほどひどくなく、モジャモジャの『モジャ』くらいだが、上衣のボタンが1個かけちがっていて、ネクタイがひん曲がっている。私は自己紹介もそこそこに、思わず駆け寄って上衣のボタンを外してネクタイを直した。
…中略…
その対談がキッカケとなって、熊の子と、古狸のような私の、マンガチックな交流がはじまった。」(「おいしい人間」文春文庫、127~128P)
NHKのビデオ撮りの際に、初めて安野光雅さんに会った時のことを、高峰秀子さんは、ユーモラスに楽しく本に記しています。
確かに高峰秀子さんの本には、良き親友としてたびたび安野光雅さんが登場し、安野さんの詩情あふれる柔らかな画が、高峰秀子さんの数多くの著書の装丁や挿絵として描かれています。
以来、安野光雅さんは何となく心にかかる存在となっていました。それだけに、近くで安野光雅展が開催されていることを知った時は、驚きました。
山あいの、豊かな自然に囲まれている福光美術館。
日曜日の夕方、閉館時間近くに訪ねたせいか、鑑賞する人はまばら。
春から夏へ、夏から秋へ、そして秋から冬へと、四季の草花を丁寧に描かれた絵画。大都会・東京にある皇居に、いまだにこのような豊かな自然が残されているのかと、驚かされました。描かれているのは、華麗な花々というよりは、山野草に近い素朴な草木ばかり。
原色や派手な色をほとんど使わずに、淡い色調の水彩画が並んでいます。細部まで書き込まれ、落ち着いた雰囲気が画全体に満ちています。
展示物がすべて水彩画というのも、初めての体験でしたが、十分に楽しめました。
一度もお会いしたこともなく、数多くある著書を読んだこともありませんが、安野光雅さんの飾らない優しい人柄にそっと触れた気がしました。
敬愛する高峰秀子さんと、生涯良き友だったのも頷ける気がしました。(O)