ちょっと早めの老い支度
2014.12.08
エッセイスト・岸本葉子さんの講演会に行ってきました。
6日、土曜日の午後、サンフォルテで開かれた講演会。
「わくわく人生セミナー」の第1回目の講師として、岸本葉子さんが招かれたものです。人気エッセイストとあって、定員50名(申込先着順)に対し、200名以上もの応募があり、結局、会場を会議室からホールに変更して開催されました。
「ちょっと早めの老い支度」と題して、語られた岸本さん。
現在53歳で、独身の岸本さん。在宅介護で認知症のお父さんを、妹さんの助けや公的な介護支援を受けつつ、基本的には岸本さん一人で6~7年にわたって介護し、今年90歳で看取られたとのこと。得がたい経験にもとづき、「親の介護」「住まい」「健康」「エンディングノート」「身辺整理」など、人生を楽しみながら老いを迎えるヒントや心づもりを語られました。
40代、50代。「老い」は決して、他人ごとではなく、漠然としながらも確実に自分の身に迫ってきています。そして、一方では介護する立場として、親の「老い」と正面から向き合い、時には重くとも、親の老いをしっかりと背負っていくものと思います。
講演で、心に残ったお話を紹介します。
岸本さんのお父さんは、最後は入院されたそうです。
点滴を受けていても、認知症のお父さんはいつの間にか針を抜いてしまうそうです。抜けないように、ボクシングのグローブのように両手を覆っても、それでも見ていないうちに、上手に針を抜いでしまうそうです。そのたびごとに、岸本さんはナースステーションへ行き、看護師さんに頭を下げ、お詫びをして、再び点滴をお願いします。
でも、看護師達さんは、嫌な顔を一つもされなかったそうです。
というのは、お父さんは自分で針を抜くにもかかわらず、針を入れるときは看護師さんに対し、毎回「お世話になります」と笑顔で接したそうです。認知症のお父さんは、状況をよく理解出来ていないにもかかわらず、自分に接する人に対しありがとうと言える心、常に感謝できる心が内側にあったそうです。
笑顔のお父さんに、看護師さんは気持ちよく、点滴の準備が出来たわけです。
認知症が重くなっても、感謝の思いが持てること。自然に「ありがとう」の言葉が口から出て、優しく他人に接することができること。
これらは、一朝一夕に身に付くものでは無く、若いころからの日々の心の持ちようが、たとえ認知症になったとしても、自分で意識しなくても、無意識のうちに滲み出てくるのではと、岸本さんは語ります。
豊かな老いを迎えるためには、健康も、経済的な支えも、住まいも、当然大切です。でも、一番大切なのは、感謝の心を持ち日々を生きることであり、老い支度の根本はここにあるのではと、講演を終えられました。
東大教養学部を卒業され、美人なエッセイストとして、有名な岸本さん。
40歳の時、虫垂がんに罹り、大きな手術を受けておられます。詳しくは、著書「がんから始まる」(文春文庫)に記述してあり、がんに関する著書も多くあります。講演で、ご自身の癌から克服された経緯を語られるのかと思っていましたが、軽く触れられたのみでした。
岸本さんの講演は、初めから終わりまで、静かな語り口の中にも、明るく、軽妙な流れがあり、エッセイの文脈と変わらないナ――と、感じました。
数多くある岸本葉子さんのエッセイを、また読ませてもらおうと思います。(O)