tel:076-445-2051
アクセス

新着情報

カテゴリ

二人の富山県人

2015.03.10

(花)アランセラアンブラック、ゆり、トルコききょう、チューリップ、プロテア(葉物)玉シダ、ドラセナ

(花)アランセラアンブラック、ゆり、トルコききょう、チューリップ、プロテア(葉物)玉シダ、ドラセナ

 二人の富山県人に想いを寄せています。

  一人は、青木新門さん。
 最近、青木さんの著書「それからの納棺夫日記」(法蔵館)を読ませてもらいました。

 ベストセラーとなった「納棺夫日記」(文春文庫)。この本が、映画「おくりびと」の実質的な原作と言われています。
 「おくりびと」は、ご存じのとおり、俳優・本木雅弘さんが主演し、高岡市出身の滝田洋二郎さんが監督を務めた映画。日本アカデミー賞や米国アカデミー賞外国部門賞など、数多くの賞を受賞し、大きな話題を集めた映画です。

  本木雅弘さんが演じた、納棺夫。当時、まだ一般的ではなかった「納棺夫」という言葉。現在では「納棺師」として、マスコミでも取り上げられるようになったのも、この映画のおかげといわれています。

  青木新門さんは、オークス株式会社(富山市)の重役を経て、現在は非常勤顧問に。入善町出身で、30代にもおよぶ地主の長男として生まれた青木さん。様々な出来事を経て、納棺夫に。納棺の仕事を始めた頃は、叔父から「親族の恥さらし」とまで罵られ、親族と疎遠になる程に……。

  ある日、会社から渡された行き先の略図を頼りに訪ねると、そのお宅は、かつての恋人の家。玄関の前を行ったり来たりしながらも、意を決して家の中へ。本人は、見当たらず、ほっとして、彼女の父親の湯灌を始めます。

  「誰が見てもプロと思うほど手際よくなっていた。しかし汗だけは、最初の時と同様に、死体に向かって作業を始めた途端に出てくる。
 額の汗が落ちそうになったので、袖で額を拭こうとした時だった。いつの間に横に座っていたのか、額を拭いてくれる女(ひと)がいた。
 澄んだ大きな目一杯に涙を溜めた彼女であった。作業が終わるまで横に座って、父親の顔をなでたり、私の顔の汗を拭いたりしていた。
(中略)
 その父の死の悲しみの中で、その遺体の湯灌する私を見た驚きは、察するに余りある。
 しかし、その驚きや涙の奥に何かがあった。軽蔑や哀れみや同情など微塵もない。男と女の関係をも超えた、何かを感じた。私の全存在がありのまま丸ごと認められたように思われた。そう思うとうれしくなった。この仕事をこのまま続けていけそうな気がした。」「それからの納棺夫日記」(22P~24P)

  この場面は、「納棺夫日記」にも同じ記述がありますが、この箇所は何度読んでも熱いものがこみ上げてきます。

  
 心に残っている二人目は、井村和清(かずきよ)さん。

  著書「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」(祥伝社)は、100万部を超えるベストセラー。映画・テレビドラマにもなり、多くの話題を集めました。
 砺波市出身の井村さん。日大医学部卒業後、沖縄県や大阪府の病院で医師として勤務。骨肉腫となり、右足の膝から下を切断。それでも、片足で職場復帰。その後、肺に転移していることが判明し、32歳という若さで、この世を去られます。
 長女・飛鳥(あすか)ちゃんは、2歳の誕生日前。亡くなられた後、誕生した「まだ見ぬ子」次女・清子ちゃんは、まだお母さんのお腹の中。

  井村さんは、この遺稿集を書くあたり、このように語ります。

 「まもなく私は死んでゆかねばならない運命にあるのだ、と知ってから、ずっと考えていたことがありました。それは、残されたわずかの月日のうちに一冊の本を書きあげたいということでした。それは、私が三十年余、ここに生きたという証であり、私のために泣いてくれた人々への私の心からのお礼の言葉であり、そしてなによりも知らない幼いふたりの私の子供へ与えうる唯一の父親からの贈り物で、私の心の形見になると思ったからです」
「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」(祥伝社黄金文庫16P)

  そして、ふたりの子供たちへ

「心の優しい、思いやりのある子に育って欲しい。それが私の祈りだ。
 さようなら。
 私はもう、いくらもおまえたちの傍にいてやれない。おまえたちが倒れても、手を貸してやることはできない。だから、倒れても倒れても自分の力で起きあがりなさい。
 さようなら。
 おまえたちがいつまでも、いつまでも幸せでありますように。 父より」(同、21P)

 と祈りをこめて、言葉を残しています。

 井村和清さんのことを初めて知ったのは、確かNHKの特集番組。
 20代半ばだったと思います。富山県にも、このような人がおられたことに驚くとともに、井村さんの奥様・倫子(みちこ)さんが沖縄出身であり、家人との結婚を考えていた時期だけに、とても近しいもの感じていました。

 幼かったお二人も、すでに20歳を超えられました。
 本の中の写真を拝見すると、お二人とも目元がとてもお父さんに似ておられます。この立派に成長された姿を、どれだけ井村和清さんは見たかったことか……。

 
 青木新門さん、井村和清さん。
 お二人のような足跡を残せるはずもありません。
 同じような生き様をすることもできません。
 ただ、気負うことなく、自分なりに牛歩の歩みを続けたいと思います。(O)

Page Top