山あいに吹く春風
2015.04.01
山あいに、春風が吹きわたっています。
雪融けが進み、芽吹く頃になると、よく山に出掛けました。
祖父の山仕事を手伝うためです。
春休みは宿題もなく、近所の子供たちと思いっきり遊びたいのですが、それでも2人で山へ行きました。
山仕事といっても、倒れた杉の木を起こす作業です。
冬の間に、雪の重みに負けて、多くの若木が倒れます。根元から折れる木もあります。倒れた木に一本ずつロープを掛けて起こし、最後は針金を使って2カ所で固定する作業です。苗木を植林してから、自立するまで、約15年間は続けたでしょうか。
幼木だと倒れても、簡単に起こせます。一定の大きさまで生長した木が倒れると、ひと仕事です。滑車を付けた簡単な機械で、起こす必要があります。離れた別の木の根元に滑車を固定し、倒れた木の幹の上部にロープを縛り、滑車を少しずつ巻き上げ、起こすわけです。
ただ、倒れた幹にロープを付けるのが、大変なのです。杉の木は、平場より傾斜地に植林している場合が多いもの。なぜか倒れる時は、山側ではなく、ほとんどが谷側に向かって倒れます。しかも、テコの原理の関係で、ロープは幹の中心から少しでも上部に縛る必要があります。
まっすぐ立っている杉の木に登ることは、慣れればたやすいこと。
しかし、倒れている杉の木、しかも谷側に向いて倒れている木に登ることは、なかなか勇気がいります。木の上を進めば進むほど、木がしなり、自分の体重で下がるからです。さらに、上に行けば行くほど、幹は細くなり、つかまる枝も細い若枝になります。
感覚的には、木に這いつくばりながら、谷底に向かって、弓なりにしなったまま下方へ進む感覚です。
小学生の時は小学生なりに、そして、体重が増えるにともない、別の恐怖を新たに覚えたものです。
このような作業を、小学4年頃から高校を卒業するまで、亡き祖父と二人で、時には母も交えて続けました。
このように書くと、いかにもつらいだけの仕事に聞こえるかもしれません。
実をいうと、この山作業が好きでした。
木の上の恐怖は、最後まで消えませんでしたが、春の山が好きだったからです。
春の山には、何とも言えない春の風が吹いていました。
風は、目には見えません。でも、頬につたわる風は心地よく、さわやかでした。
ウグイスや多くの鳥も、よく鳴いていました。上手に鳴くウグイスと、下手なウグイスがいることも、初めて知りました。山によって、ウグイスの鳴き方に違いがあることも、祖父から教わりました。
春の山には、言葉に言い尽くせない、多くの魅力が満ちていました。
今はといえば、山仕事をする人はほとんどいません。
山に入る人すら、本当に少なくなりました。
残念ながら、林業は衰退しています。かつては、林業に従事している人が多くいましたが、今は皆無です。安い外材が大量に輸入されてからは、国内の林業は成り立たなくなりました。
幼い頃、杉の木は大きな収入源であり、まさに財産でした。杉の木を売って、その金で新築したとか、嫁入り道具を揃えたという話は、当たり前のように聞いたものです。今は、杉の木はもう二束三文の状態。むしろ、切り出すための経費の方が、高く掛かるような有様。
そのため、山は荒廃し、隣の所有者との地境もわからない状態。世代交代が進んでいますが、若い世代は自分の山が、どこにあるのかも知りません。自分の山に、足を運んだことすら無いのですから。
若い頃、祖父とともに苦労して育てた木は、信じられないほど、立派な木々に育ちました。
正直、大木に生長した木を見ると、複雑な思いが募ります。
それでも、この時期になると、なぜか無性に春の山に足を運びたくなります。(O)