九兵衛旅館
2016.06.07
作家・藤沢周平さんゆかりの、山形県・湯田川温泉に行って来ました。
開湯以来、約1300年を迎えるという湯田川温泉。
泊まった宿は、九兵衛(くへえ)旅館。
創業300年を超え、11代にわたり旅館業を営んできたという老舗旅館。
湯田川は、孟宗(たけのこ)の産地として有名だそうで、夕食に出たタケノコづくしの「孟宗の膳」は、まさに絶品。掛け流しの露天風呂、そして女将さんはじめスタッフの皆さんの心温まる接客、評判どおり素晴らしい宿でした。
藤沢周平さんが、山形県出身であることは、漠然と知っていました。
ただ、湯田川温泉、そして宿泊した九兵衛旅館にもゆかりのある方だということは、まったく知りませんでした。
九兵衛旅館に入ると、ロビーや廊下の一画に、藤沢周平さんの著書や新聞の切り抜き、映画のパネルなどが多数飾られています。藤沢周平さんは若い頃、ここ湯田川の地で2年間教鞭をとり、作家になってからも九兵衛旅館を定宿としていたことを知りました。
藤沢周平さんは、山形県鶴岡市出身。
山形師範学校(現在の山形大学)卒業後、生家に近い湯田川中学校に赴任し、国語と社会を担当。順調な人生を歩み始めたかと思われましたが、当時不治の病とされていた結核にかかり、休職を余儀なくされます。治療のため上京し、病気が治った後も、教職に復帰することは出来ず、業界紙の記者に。
結婚し、長女が誕生するも、妻が28歳の若さで癌のため急逝。
「妻の死に強い衝撃を受け、やり場のない虚無感をなだめるために、時代小説の筆を執るようになった」と、ある本にあります。
藤沢周平さんの本は、結構読んでいるつもりでした。
ところが、読書ノートで確認すると、まったく読んでいないことがわかり、自分でもびっくり。
どうも過去に観た山田洋次監督らの映画、「たそがれ清兵衛」「武士の一分」「蟬しぐれ」などの印象が心に強く残っていて、読んだものと勘違いしていたようです。
旅を終え、早速、本棚にあった「時雨のあと」(新潮文庫)を読みました。
司馬遼太郎や城山三郎、山本一力、高田郁など、自分が知っている時代小説家とは趣の異なった、独自の世界が描かれていました。
主人公として書かれているのは、歴史に名を残すような武士ではなく、赤貧を洗うような武士、出世とは無縁な名もなき下級武士、そして市井(しせい)の人々。
江戸時代を舞台に、庶民や下級武士の哀歓が丁寧に描かれています。
その目線は、常に低く、やさしく、見下ろすような居丈高なそぶりはありません。
藤沢周平さん自らが、肺結核という不治の病を得、さらに若くして奥様を亡くされるなど、辛い体験が微妙に作風に影響しているのかもしれません。生まれ故郷である庄内地方の気候風土も、関係しているのかもしれません。
湯田川温泉、そして九兵衛旅館での藤沢周平さんとの出会い。
今回、本当に良いきっかけをいただいたと思っています。
遅まきながら、これからが私にとっての「藤沢周平ワールド」のスタートです。(O)