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今週の花

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「アンノーという人」

2016.07.12

[花]デンファーレ(ソニア)、トルコききょう(ボヤージュグリーン)、てまり草、[葉]サンデリアーナ(ビクトリー)、[枝]木苺

[花]デンファーレ(ソニア)、トルコききょう(ボヤージュグリーン)、てまり草、[葉]サンデリアーナ(ビクトリー)、[枝]木苺

 画家・安野光雅(あんの みつまさ)さんの展覧会に行ってきました。

 「御所の花」と銘打って、福光美術館で開かれている安野光雅展。
 安野さんの卒寿(90歳)を記念して開催されているもので、天皇・皇后両陛下のお住まいである皇居吹上御所の庭に咲く花々を描いた水彩画、130点が展示されていました。

 安野光雅さんの名前を初めて知ったのは、高峰秀子さんの本。
 大女優として有名な高峰秀子さん。エッセイストとしても著名で、「好きなエッセイストを誰か一人」と聞かれれば、迷うことなく高峰秀子さんを挙げます。リズム感があり、キレのある文章。みごとなまでに剃(そ)ぎ落とされた文体は、高峰秀子さんの生き様そのものを表しているようです。

 高峰秀子さんの著書に、「おいしい人間」(文春文庫)という本があります。
 この本に、「アンノーという人」という一文が掲載されていますが、この「アンノー」こそが、まさに安野光雅さん。

 「アンノでーす」と、ズバリ言わせてもらうなら背広を着た熊の子みたいなオッチャンが現れたのにはビックリした。ヘアスタイルは現在(いま)ほどひどくなく、モジャモジャの『モジャ』くらいだが、上衣のボタンが1個かけちがっていて、ネクタイがひん曲がっている。私は自己紹介もそこそこに、思わず駆け寄って上衣のボタンを外してネクタイを直した。

…中略…

 その対談がキッカケとなって、熊の子と、古狸のような私の、マンガチックな交流がはじまった。」(「おいしい人間」文春文庫、127~128P)

 
 NHKのビデオ撮りの際に、初めて安野光雅さんに会った時のことを、高峰秀子さんは、ユーモラスに楽しく本に記しています。

 確かに高峰秀子さんの本には、良き親友としてたびたび安野光雅さんが登場し、安野さんの詩情あふれる柔らかな画が、高峰秀子さんの数多くの著書の装丁や挿絵として描かれています。

 以来、安野光雅さんは何となく心にかかる存在となっていました。それだけに、近くで安野光雅展が開催されていることを知った時は、驚きました。

 山あいの、豊かな自然に囲まれている福光美術館。
   日曜日の夕方、閉館時間近くに訪ねたせいか、鑑賞する人はまばら。

 春から夏へ、夏から秋へ、そして秋から冬へと、四季の草花を丁寧に描かれた絵画。大都会・東京にある皇居に、いまだにこのような豊かな自然が残されているのかと、驚かされました。描かれているのは、華麗な花々というよりは、山野草に近い素朴な草木ばかり。
 原色や派手な色をほとんど使わずに、淡い色調の水彩画が並んでいます。細部まで書き込まれ、落ち着いた雰囲気が画全体に満ちています。

 展示物がすべて水彩画というのも、初めての体験でしたが、十分に楽しめました。
 一度もお会いしたこともなく、数多くある著書を読んだこともありませんが、安野光雅さんの飾らない優しい人柄にそっと触れた気がしました。
 敬愛する高峰秀子さんと、生涯良き友だったのも頷ける気がしました。(O)

蛍狩り

2016.07.05

七夕です。[花]スプレーデルフィニューム(グランブルー)、りんどう、カーネーション、ピンポンマム(ヒーリング)、[葉]細葉ルスカス、レザーファン、[枝]バンブー

七夕です。[花]スプレーデルフィニューム(グランブルー)、りんどう、カーネーション、ピンポンマム(ヒーリング)、[葉]細葉ルスカス、レザーファン、[枝]バンブー

 ポッ、ポッ、と優しい光が、夜空に浮かんでいます。
 わずか2匹だけですが、蛍が舞っています。我が家の庭で蛍を見るのは、本当に久しぶりです。以前見たのは、確か5~6年前だったと思います。
 不思議なものです。あの淡い光を見つめていると、神秘的な思いにさせられます。なぜか、悲しみに満ちた哀惜の情すら感じてしまいます。

 水路の整備や河川改修が進み、水田に農薬が散布されている今日。
 蛍の乱舞を見ることは、ごく一部の地域を除いて、残念ながら少なくなったようです。現在住んでいる市街地に近いA市はもちろんのこと、B市にある山深い実家の周辺ですら、イノシシやカモシカなどが出て困っている山間地にもかかわらず、まず蛍を見掛けることはなくなりました。
 蛍の好物であるカワニナやタニシも、以前はたくさんいたのに、今はほとんど見なくなりました。

 
 「蛍狩り」。
 今の子供たちは、この言葉を知っているのでしょうか。聞いたことがないかもしれません。
 蛍狩りを実際に体験したことのある子どもは、ごくわずかかもしれません。

 小生の小学生の頃。
 もう半世紀も前のことになりますが、七夕の時季になると、あちこちで見事なほどの、蛍の乱舞が見られたものです。夕暮れとともに、ほのかな蛍の光があちこちで点在しはじめ、とっぷりと日が暮れた頃には、漆黒の闇の中から素晴らしい光の舞いが浮かび上がってきました。
 昼の間に、川辺に生い茂っている細長い竹を切っておき、夕食後、子供たちだけで集まり、竹で蛍を追いかけまわしたものです。虫かごのような立派なものがあるはずもなく、透明なビンを各自家から持ってきて、入口を紙でおおい、空気穴を開け、捕った蛍を一匹ずつ入れました。

 蛍狩りとは、蛍を捕まえることではなく、本来は乱舞する姿を鑑賞して楽しむことを指すようです。
 しかしながら、子供にそのようなことなど分かるはずもなく、ただ捕まえることに夢中になって飛び回っていました。

 寝る時には、もちろん蛍を入れたビンを枕元に置いて寝ました。
 真っ暗にすると、透明なビンから幻想的な光が放たれます。時には、蛍を自由にしてやろうと、部屋の中に放つこともありました。のびのびと蛍が舞っている姿に、子供ながら感じ入るものがありました。疲れとともにいつの間にか、心地良い眠りに着いたものです。

 翌朝目覚めると、畳のあちこちに黒い点があります。
 あの蛍たちです。もう動かなくなっていました。

 子供ながらに、やってはいけないことをしてしまったという、自責の念にかられました。

 あの蛍独特の匂いとともに、苦い思い出として、今も心に残っています。(O)

早朝に届いたバラの花束

2016.06.15

[花]モカラ(ロビン)、あじさい、てまり草、キリフキ草、[枝]どうだんつつじ

[花]モカラ(ロビン)、あじさい、てまり草、キリフキ草、[枝]どうだんつつじ

 朝起きると、玄関先にバラの花束が置かれています。
 バラを見ただけで、誰が届けてくださったのか、すぐわかりました。
 同じ町内の、4軒隣のおばあちゃんです。

 ピンク色のかわいいバラたち。
 ちょうど今、おばあちゃんの庭先では、みごとなバラが咲き揃っています。通勤時に、最寄りの駅まで歩いていますが、毎朝、おばあちゃんの家の前を通ります。垣根越しに、庭に赤やピンクなど、様々なバラが咲き誇っているのを、目にしていました。

 少し耳の不自由なおばあちゃん。
 おばあちゃんとは、簡単な挨拶を交わす程度で、今まで話らしい話をしたことはありません。それでも、花好きなのを知っておられるのか、早朝にわざわざ届けてくださったようです。

 我が家では、いつになく観葉植物や山野草たちが元気です。
 今までリビングの出窓に、まとめて置いていた観葉植物たち。直射日光を避けつつも、少しでも日当たりのよい所にと、配慮していたつもりでした。しかしながら、つい水やりを忘れたり、手入れをしなかったりと、恥ずかしながら枯らしてしまうことも、しばしば…。

 一念発起して、春先から外玄関や三和土(たたき)、廊下の角などに、分散して置くことに。
 不思議なものです。観葉植物が、生き生きと元気を取り戻してくるではありませんか。葉の緑色の鮮やかなこと。葉も、のびのびとした広がりを見せてくれます。何と一度も花をつけたことが無かった観葉植物が、今年初めて可憐な紫色の花を咲かせてくれました。

 きちんと水をあげるのはもちろんのこと、朝晩2囘の霧吹きスプレー、そして適度な施肥。
 当たり前のことですが、やるべきことを徹底してやり始めました。

 「植物は人を裏切らない」と、よく言います。どうも事実のようです。
 手間をかけた分だけ、植物はきちんと応えてくれます。花を咲かせ、かわいい実をつけ、結果を返してくれます。かわいがることと、比例関係にあるようです。

 特に霧吹きスプレーを喜んでくれるようです。葉だけではなく、観葉植物全体が潤うようにスプレーしています。根の健康を保つために、成長したものは大きな器に移し替えることも始めました。
 ちょっとした事の繰り返しです。嬉しいことに、観葉植物は時間をかけつつも、確かに余りあるいやしを返してくれています。

 庭では、朝顔の苗を育てています。
 昨年、緑のカーテンに出来た朝顔の種。晩秋に小さな器が一杯になるほど、たくさんの種が採れました。例年ですと、ホームセンターで苗を購入していましたが、今年はポットに種を蒔き、育てています。20鉢ほど植えましたが、なぜか芽が出たのは半分ほど。生長具合をみてプランターに移し替え、例年どおり軒下から緑のネットを張るつもりです。ゆたかな花を咲かせてくれることを楽しみにしています。

 緑のある空間。
 特別な事をしているわけではありません。
 ただ、水やりやスプレーなど、花や山野草、観葉植物を慈しみながら、緑の生活を日々楽しみたいと思っています。(O)

 PS.写真をクリックしていただくと、全景を見ていただくことができます。

九兵衛旅館

2016.06.07

[花]バラ(サムライ)、トルコキキョウ(ブルーフィズ)、オンシジューム(ハニーエンジェル)、[枝]ガマ、斑入マサキ

[花]バラ(サムライ)、トルコキキョウ(ブルーフィズ)、オンシジューム(ハニーエンジェル)、[枝]ガマ、斑入マサキ

 作家・藤沢周平さんゆかりの、山形県・湯田川温泉に行って来ました。

 開湯以来、約1300年を迎えるという湯田川温泉。
 泊まった宿は、九兵衛(くへえ)旅館。
 創業300年を超え、11代にわたり旅館業を営んできたという老舗旅館。
 湯田川は、孟宗(たけのこ)の産地として有名だそうで、夕食に出たタケノコづくしの「孟宗の膳」は、まさに絶品。掛け流しの露天風呂、そして女将さんはじめスタッフの皆さんの心温まる接客、評判どおり素晴らしい宿でした。

 藤沢周平さんが、山形県出身であることは、漠然と知っていました。
 ただ、湯田川温泉、そして宿泊した九兵衛旅館にもゆかりのある方だということは、まったく知りませんでした。

 九兵衛旅館に入ると、ロビーや廊下の一画に、藤沢周平さんの著書や新聞の切り抜き、映画のパネルなどが多数飾られています。藤沢周平さんは若い頃、ここ湯田川の地で2年間教鞭をとり、作家になってからも九兵衛旅館を定宿としていたことを知りました。

 藤沢周平さんは、山形県鶴岡市出身。
 山形師範学校(現在の山形大学)卒業後、生家に近い湯田川中学校に赴任し、国語と社会を担当。順調な人生を歩み始めたかと思われましたが、当時不治の病とされていた結核にかかり、休職を余儀なくされます。治療のため上京し、病気が治った後も、教職に復帰することは出来ず、業界紙の記者に。
 結婚し、長女が誕生するも、妻が28歳の若さで癌のため急逝。
「妻の死に強い衝撃を受け、やり場のない虚無感をなだめるために、時代小説の筆を執るようになった」と、ある本にあります。

 
 藤沢周平さんの本は、結構読んでいるつもりでした。
 ところが、読書ノートで確認すると、まったく読んでいないことがわかり、自分でもびっくり。
 どうも過去に観た山田洋次監督らの映画、「たそがれ清兵衛」「武士の一分」「蟬しぐれ」などの印象が心に強く残っていて、読んだものと勘違いしていたようです。

 旅を終え、早速、本棚にあった「時雨のあと」(新潮文庫)を読みました。

 司馬遼太郎や城山三郎、山本一力、高田郁など、自分が知っている時代小説家とは趣の異なった、独自の世界が描かれていました。
 主人公として書かれているのは、歴史に名を残すような武士ではなく、赤貧を洗うような武士、出世とは無縁な名もなき下級武士、そして市井(しせい)の人々。
 江戸時代を舞台に、庶民や下級武士の哀歓が丁寧に描かれています。
 その目線は、常に低く、やさしく、見下ろすような居丈高なそぶりはありません。
 藤沢周平さん自らが、肺結核という不治の病を得、さらに若くして奥様を亡くされるなど、辛い体験が微妙に作風に影響しているのかもしれません。生まれ故郷である庄内地方の気候風土も、関係しているのかもしれません。

 湯田川温泉、そして九兵衛旅館での藤沢周平さんとの出会い。
 今回、本当に良いきっかけをいただいたと思っています。

 遅まきながら、これからが私にとっての「藤沢周平ワールド」のスタートです。(O)

530(ごみゼロ)運動

2016.05.25

[花]オンシジューム、マリーゴールド、[葉]コンシンネ、モンステラ、丸葉ルスカス

[花]オンシジューム、マリーゴールド、[葉]コンシンネ、モンステラ、丸葉ルスカス

 先日、農道沿いのゴミ拾いをしました。

 昨年、集落近くに三井アウトレットパークがオープン。
 主要アクセスである国道8号線が、たまたま集落の端を横切っているため、少しでも美化に役立てばと、ゴミ拾いをしたものです。
 今回、ゴミを集めたのは、8号線に対し併行して走っている農道沿い。距離にして、片道約100メートル。時間にして、約30分間。大人5人が、各自大きめのスーパーバックを持ち、拾い始めましたが、袋がアッという間にいっぱいに……。
 ちょっと見た感じ、側溝にペットボトルがいくつか見える程度で、大したことはないとたかをくくっていたところ、いざ草むらに足を踏み入れてみると、プラスチックやら、コーヒー缶やら、ゴミが出るは、出るは……。

 地元O市では、以前から「530(ごみゼロ)運動」に取組んでいます。
 毎年5月30日に各種団体や一般市民が参加して、ごみゼロ運動を実施しています。本来ならば、5月30日に実施すべきイベントですが、なかなか平日に休むことも出来ず、5月の休日を利用して行っています。

 NHK・BS1に「COOL JAPAN 〜発掘!かっこいいニッポン〜」という番組があります。外国人の目からみた、日本の衣食住の文化を紹介する番組ですが、切り口がユニークで面白く、時々見ています。
 外国人がニッポンを見て驚くことの1つとして、
 「日本は、道路にはゴミが全く落ちておらず、トイレも非常に清潔だった」ことが紹介されていました。世界各国の中でも、日本はもっとも清潔な国として高い評価をいただいているようです。

 最近読んだ、加藤恭子編「日本人のここがカッコイイ!」(文春新書)の中でも、
 「日本の街はどこも非常にきれいなのに、掃除している人が目立たないという事実。これにはびっくり。それなのにこんなにきれいとは、凄いことだと思いました。」(39ページ)と、中国人男性の感想が記されていました。

 
 それなのに、今回ごみ拾いをしてみて、ガックリ。
 結局、かなり大きなゴミ袋を準備していましたが、袋が足りなくなり、途中で止めました。
 日本人のマナーも、実態はこの程度なのかもしれません。

 当日は、朝から5人がかりで別の農道の草刈りを2時間余りした後、ごみ拾いをした訳ですが、思った以上にひどい状態に、疲れが増しました。
 ほとんどが、8号線からの投げ捨てのようです。一時期、アウトレットパークへの渋滞がひどい頃がありましたので、イライラして一層ひどくなったのかもしれません。

 多くはペットボトルでしたが、錆びついた缶コーヒー、食品トレー、紙パック、そしてズックなども。不思議だったのは、缶チューハイ、ハイボールなどのアルコール類の空容器。まさか、飲酒運転をしているはずはないとは思いますが……。

 集めたゴミは、一番若い小生がそのまま自宅に持ち帰り、分別処理しました。
 燃えるゴミと燃えないゴミに分け、汚れたペットボトルや缶などは、すべてタワシで水洗い。ところが洗っても、泥がこびり付き、一部変色していて、悪戦苦闘。特に困ったのは、残ったまま封印し、捨てられたペットボトル。中身が腐って、もうドロドロ状態に。悪臭が漂います。何回も洗い流し、なんとか分別ごみとして出せる状態にまでもっていきました。
 ペットボトルは、ラベルをはがし、フタと容器に分け、さらに金属類やプラスチックなども、かろうじて市指定の分類表どおりに分別しました。

 結局、きれいに分別処理をするのに、約1時間掛かりました。

 途中、「なんでこんな汚い事、一人でやっているんだろう?」「ボランティアとはいえ、他人が捨てたものを、なんでせっせと洗っているのだろう」と、何とも割り切れない思いが、込み上げてきました。

 恥ずかしながら最後に残っていたのは、「受けたからには、最後のひとつまで完全に仕上げてやってやる。」という、典型的なA型のつまらぬ片意地だけでした。(O)

心に響くメロディー

2016.05.17

[花]バラ(アンナマリー)、ガーベラ(バスケット、オレンジケーキ)、カーネーション(ソト)、サンダーソニア、[葉]レモンリーフ、[枝]スノーボール

[花]バラ(アンナマリー)、ガーベラ(バスケット、オレンジケーキ)、カーネーション(ソト)、サンダーソニア、[葉]レモンリーフ、[枝]スノーボール

 5日、作曲家・富田勲さんが亡くなられました。

 富田勲さんは、生前、数多くの名曲を残されました。
 一番心に残っている曲をと聞かれれば、迷うことなく「新日本紀行」のテーマ曲をあげます。

 NHK総合テレビで放送されていた「新日本紀行」。
 日本各地の風土と人間模様をあらわした、ドキュメント番組でした。テーマ曲として、富田勲さんが作曲された情緒豊かなメロディーが流れていました。35年余りたった今も、この曲を耳にするたびに、何とも言えぬ哀愁を感じます。
 長い間、国民に愛され続けて来たこの曲。懐かしい昭和の香りが漂い、日本の原風景を表わす代表的な曲のひとつと思います。

 この「新日本紀行」が、宿題となっていた時期がありました。
 小学校5年生の時です。
 その時の担任は、30代前半のA先生。教育熱心で、スポーツ好きな男性の先生でした。担任を外れた後も、中学入学時に、卒業時にと、節目あるごとに心のこもった手書きのハガキを届けてくださる、そのような先生でした。

 この先生が出したユニークな宿題が、「新日本紀行」の感想文。
 毎週放送される「新日本紀行」を見て、感じたこと、思ったことを自由に書き、翌日に提出するというものです。何を書いても良いのですが、わずか30分間の番組とはいえ、小学5年生にとっては難解な内容の時もあり、結構しんどい宿題だった記憶があります。

 当然ながら今となっては、何を書いていたのか、まったく覚えていません。
 ただ、思わぬ効果がありました。

 地理が好きになったということです。どちらかというと、以前から社会科は得意科目でしたが、いっそう地理に興味を抱くようになりました。中学、高校と進むにつれて、地理への関心はさらに高まり、大学受験の際には、当然のように「地理B」を選択しました。受験したどの大学の入学試験も、地理だけは確かな手応えがあり、高得点をキープ出来たと自負しています。

 富田勲さんの作曲ではありませんが、もうひとつ今も心に響いている曲があります。
 NHKラジオ「昼のいこい」のテーマ曲です。
 お昼の12時台に流れる、この番組。長寿番組として有名ですが、作曲は古関裕而さん。

 各家庭に電話が普及しておらず、農協の有線放送が電話の替わりをしていた時代。
 これかれ、今から半世紀以上も前のことになりますが、わが家にも茶の間の棚の上に、有線放送の黒い四角い箱がおいてありました。
 幼い頃、近所の子供たちと外で思いっきり遊んできた後、お昼にお腹を空かして我が家に戻った時、茶の間の有線放送からこのメロディーがよく流れて来たものです。幼い子供なりに、このメロディーには感じるものがありました。

 今もNHKラジオからこの曲が流れて来ると、言うに言えない、心に鳴り響くものがあります。

 人の心の風景を呼び覚ます音。
 そして、日本の原風景を呼び起こす懐かしい音楽。

 誰にでも、そのような音、音楽というものがあるのではないでしょうか。(O)

人の心に寄り添える人

2016.04.19

[花]ストック(ホワイトアイアン)、スプレーデルフィニューム、トルコききょう、アルストロメリア、ガーベラ、[葉]丸葉ユーカリ

[花]ストック(ホワイトアイアン)、スプレーデルフィニューム、トルコききょう、アルストロメリア、ガーベラ、[葉]丸葉ユーカリ

 今話題を集めている、清水健さんの著書「112日間のママ」(小学館)を読みました。

 読売テレビのアナウンサーとして、関西では知らない人がいないという清水健さん。清水さんは、月~金曜日の夕方、情報番組「かんさい情報ネットten.」のメインキャスターを務め、視聴率トップを争うほどの人気ぶりだそうです。

 朝日新聞の「ひと」欄で、初めて清水健さんのことを知りました。

 清水さんは、2013年6月に同じ番組でスタイリストをしていた奈緒さんと結婚します。2014年4月、妊娠が分かった直後に乳がんが見つかり、そして闘病ののち、2015年2月、結婚からわずか1年9カ月で奈緒さんが逝去。29歳の若さでした。そのとき、残された長男は生後112日……。

 奈緒さんのがんは、悪性度が高く、進行性の早い乳がんだったそうです。
 困難な状況にもかかわらず、奈緒さんは出産も自身の生存も諦めませんでした。傍らで付添う健さんも、夫としてできることは何か。入院先の病室で寝泊まりしながら仕事に通い、新薬治験の可能性などを求めて多くの医師を訪ねたとあります。

 この本は初め、こういった本にありがちな「涙頂戴的な本か」と思っていました。
 しかしながら、読み進むうちにぐいぐいと真摯に生きるお二人に惹き込まれ、一気に読み終えることが出来ました。通勤途中、電車の中で読んでいる内に涙が溢れ、もう読み進むことが出来ず、本を閉じました。

 3月に購入した際には、品薄状態でしたが、現在は書店に山積みになっています。
 もう詳しいことは書きません。もしよろしければ、一読してください。

 最後に、心に残った健さんの言葉を書かせてもらいます。

 「僕しかできないことがあるならば、僕だから伝えられることがあるならば。本当の意味で、人の痛みや悲しみがわかる、人の心に『寄り添える』ひとりの人間でいたい。心からそう思う。だから僕は伝え続けたい。その想いでカメラの前に立たせてもらっている」(175P)(O)

人の心を動かす人形たち

2016.04.11

[花]ゆり(シベリア)、[葉]ナルコラン、[枝]キク、桃、アセビ、スノーボール

[花]ゆり(シベリア)、[葉]ナルコラン、[枝]キク、桃、アセビ、スノーボール

 久しぶりに、高橋まゆみ人形館に行って来ました。

 長野県飯山市にある高橋まゆみ人形館。
 2010年4月にオープンし、飯山市在住の人形作家、高橋まゆみさんの創作人形を展示しています。2年前の夏に初めて人形館を訪ね、昭和の香りが漂う素朴な人形たちにすっかり魅せられてしまいました。周りをいつくしむような、おじいちゃん、おばあちゃんのやさしい笑顔。今にも笑い声が聞こえてきそうな子供たちの明るい表情。
 物質的には決して恵まれた時代ではなかったと思いますが、ほのぼのとした、なんとも言えない心の豊かさが人形から伝わってきます。

 詳しくは知りませんが、日本には数多くの人形作家がおられることと思います。
 人形展といえば過去に、与(あたえ)勇輝さんの「昭和・メモリアル 与勇輝展」(富山大和店)、石井美千子さんの「昭和のこどもたち」(砺波市美術館)などを鑑賞したことがあります。

 日本画家・奥田元宋さんの奥様であり、日展理事長でもある奥田小由女(おくださゆめ)さんの作品も、日展などで定期的に見せてもらっています。
 以前、富山県水墨美術館で開催された、ご夫婦による合同展「響き合う風景と人形 奥田元宋と小由女展」も、興味深く見せてもらいました。

 
 紙粘土を使いながら、人形に魂を入れていく人形作家。
 作り手によって、人形の表情がそれぞれ異なり、醸し出す雰囲気も違ってきます。芸術面から見た場合は、奥田小由女さんの作品が高い評価を受けるのかもしれません。しかしながら、私にとっては高橋まゆみさんの作品が一番親しみを覚えます。

 今回の高橋まゆみ人形館の企画展は、春のコレクション展「日本一短い手紙展」。
 福井県坂井市へ全国から寄せられた「日本一短い手紙」。これらの入賞作品が、高橋まゆみの人形とうまくマッチして、館内に飾られていました。
 展示されていた、一つひとつの「日本一短い手紙」が心に響きましたが、もっとも心にとまった作品は、

   何もない そう思ったあの場所に
      全てがあったと 知る今日この頃    石丸裕(宮崎県)

 
 この手紙は、17歳の高校生が書いたものだそうです。

 ふつうの主婦だった高橋まゆみさん。
 通信教育で人形づくりを学びはじめ、試行錯誤を重ねながら、今日の作風を作り上げたそうです。また、いつの日にか、再び高橋まゆみ人形館を訪ねてみようと思います。
 帰りに、高橋まゆみさんの著書「人形出会い旅 ~まなざしの向こうに~」(信濃毎日新聞社)を購入してきました。これから読むのを楽しみにしています。(O)

花に囲まれた、潤いのある空間

2016.04.04

[花]フリージア(アラジン)、スイートピー、ホワイトレースフラワー、[葉]レモンリーフ、モルセラ

[花]フリージア(アラジン)、スイートピー、ホワイトレースフラワー、[葉]レモンリーフ、モルセラ

 百花繚乱。
 文字どおり、いろいろな花々が山野に咲き乱れています。
 ツバキ、沈丁花、すみれ、菜の花、水仙……。
 目にやさしい、美しい季節となりました。

 農協会館近くにある桜の名所・松川べりも、桜が見事に咲き揃っています。
 4月2日、土曜日に松川近くを歩きましたが、満開の桜の下で大勢の家族連れが花見を楽しんでいました。暖かな日和に誘われ、どの顔も笑顔に満ち溢れています。
 いつになく、あちこちで外国人観光客の姿を見かけました。これも、北陸新幹線の影響なのでしょうか?桜が咲くこの時期に、これだけ多くの外国人を目にするのは初めてです。
 日本人に昔から愛されてきた桜。外国人の方々の目には、この桜の花はどのように写ったことでしょうか。

 農協会館周辺のハンギングバスケットが、このほど新しくなりました。

新しく入れ替えられたハンギングバスケット。

新しく入れ替えられたハンギングバスケット。

 平成25年から始まった、このハンギングバスケット。今年で、4年目に入りました。会館の周りに、11基設置してありますが、3月から12月までの間、季節の彩りに合わせて年4回、寄せ植えを変えてもらっています。
 この草花の管理を依頼しているのは、富山市内にある㈱柴崎農園さん。
 草花の寄せ植えを飾るだけではなく、水やりもお願いしています。仕事だからといえばそれまでですが、猛暑が続く夏場でも一度も枯らすことなく、時には午前5時前から水やりに頑張っていただき、きれいな花を維持してもらっています。ありがたいことです。

 会館周辺に植えてある樹木の管理や剪定なども、併せて依頼しています。
 昨年の夏、外周にある配管の入替工事を行った際に、会館前の両側に小さな庭園を造ってもらいましたが、評判が良いようです。小さいながらも、四季の移ろいをしっかりと感じさせてくれます。

 
 会館1階、エントランスホールの受付に飾られている生け花。
 週に1回、月曜日の朝に、会館近くにある立山農園さんが活けてくださいます。毎回写真に撮り、小生の拙文とともに、ブログにアップさせてもらっています。以前にも書かせてもらいましたが、この生け花を楽しみにしている人が、多くおられます。生け花を「写メ撮り」している人も、時々見かけます。
 正月や節分、バレンタインデー、ひな祭り、七夕、ハロウィーン、クリスマスなど、季節の変わり目を先取りして、いつも素晴らしい空間を創造してもらっています。
 立山農園さんは時々、週半ばにこっそり立ち寄られ、弱った花があると新しい花と差し換えてくださっているようです。なかなか出来ることではありません。感謝なことです。

 花に囲まれた、潤いのある空間。
 農協会館として出来ることは限られていますが、少しでも多くの方々に喜んでもらえるように努力していきたいと思います。(O)

早春のさえずり

2016.03.29

[花]グロリオーサ(ミサトレッド)、トルコききょう(ボレロフレア)、千日紅、[枝]雲竜柳、[葉]ドラセナ、ハラン

[花]グロリオーサ(ミサトレッド)、トルコききょう(ボレロフレア)、千日紅、[枝]雲竜柳、[葉]ドラセナ、ハラン

 すっかり春めいてきました。

 ウグイスが、自宅近くでよく鳴いています。
 春を告げる鳥として、昔から心待ちにされたウグイス。「ホー、ホケキョ」と、早朝から家々にさえずりが響き渡ります。あの声は、恋の相手を探しているのだとか。ウグイスといっても、上手に鳴くウグイスとたどたどしく鳴くウグイスとがいるようです。近所にいるウグイスは見事なさえずりを聞かせてくれます。

 若くして亡くなった詩人に、八木重吉さんという方がおられます。飾らない、素朴な詩を作る詩人で、学生時代から好きな人です。
 この方の詩に、「鶯(うぐいす)」という詩があります。

 朝はやく鶯の声をきくと
 障子の向うが明るくなったように思われる

 たった2行だけの短い詩ですが、ほのぼのとした味わいがあります。

 
 自宅の小さな庭ですが、3日間に分けて草むしりを終えました。
 この時期の草むしりは、風が冷たく、指先がかじかむ時もありますが、草丈も伸びておらず、地面も柔らかいため、作業がはかどります。大きなバケツにして、7~8杯分ほどあったでしょうか。最後に竹ボウキで掃き清めると、何か清々しい思いがします。
 ただ、腰痛持ちの身にとって、腰をかがめる姿勢は、つらいものがあります。
 除草剤を撒けば、簡単に済むことですが、大切に育てているコケ類まで根こそぎ枯らしてしまうため、暇をみては小まめに草をむしるしかありません。

 春の農作業が、もう始まっています。
 「江ざらい」は、4月第1週の日曜日と集落で決まっています。
 年に1度、用水の溝さらいや溜め枡(ます)の清掃、ポンプの調整などをします。水田に使う水を確保するために、大切な仕事です。

 全員が参加する江ざらいの前に、毎年、役員5~6人で前作業をします。
 昨年は、降雪の影響で、農道に老木が根こそぎ倒れ、さらに用水が倒木で塞がれるなど、復旧するのに半日掛かりました。整備が進む平場の農地と異なり、中山間地で水田を守る農業者にとっては、イノシシ対策といい、農作業以外にやるべきことが多いようです。
 今年は、車両の通行を邪魔している農道脇の立木や枝などの伐採作業をしましたが、途中から雨模様となり、さすがに3月の雨は肌寒く、2時間ほどで切り上げました。

 野菜づくりも、いよいよ始まります。
 プランターによる家庭菜園でしか、野菜を作ったことのない者ですが、今年は少し気合を入れて畑で本格的に栽培するつもりです。というのも、野菜づくりの達人ともいうべき母親が、高齢化とともに体力が衰え初めているからです。

 今までに、食べきれないほどのジャガイモ、たまねぎ、なす、きゅうり、トマト、だいこん、ごぼう、白菜などの野菜を当たり前のようにもらっていました。夏場など、バケツに一杯になるほどの、なす、きゅうりを持たされ、「どうしてこんなにたくさん、一度に食べられるのか」などと、毒づいていました。恥ずかしい限りです。
 今年は、4か所に点在している土壌の違った畑で、野菜栽培に少しでもチャレンジするつもりです。何よりも、野菜づくりを一番の楽しみにしている大先生が傍にいる訳ですから……。チャレンジといいつつも、見よう見まねで母親の手伝いをするだけですが……。

 ゆっくりと、春が進んでいます。
 温かな春を心から満喫したいと思います。(O)

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