tel:076-445-2051
アクセス

新着情報

響きわたる天使の声

2015.06.02

(花)ひまわり、ゆり(枝)どうだんつつじ(葉物)ニューサイ、ゴットセファナ

(花)ひまわり、ゆり(枝)どうだんつつじ(葉物)ニューサイ、ゴットセファナ

 天使の声が、ホール全体に響きわたります。

 高岡文化ホールで開かれた、シュトゥッガルト室内合唱団のコンサート。
 無伴奏の合唱を聞くのは、今回が初めて。ピアノ伴奏はなく、男女23名による肉声だけの素晴らしいハーモニーが、会場全体を包み込みます。
 CDで、グレゴリア聖歌など合唱曲を聞くことはあっても、生で合唱を聞く機会はなかなかありません。研ぎ澄まされた世界トップレベルの合唱を聴き、ここまで深みがあり、清らかなものかと驚かされました。
 オール「ア・カペラ」のプログラムに、すっかり魅了されました。

  シュトゥッガルト室内合唱団は、「現代最高の合唱団として、世界中の主要な音楽祭に招かれ、きわめて高水準な演奏を披露し、国際的な名声を得ています。長年にわたり、その深い精神性のもと歌声を響かせてきた世界最高峰の合唱団であり、重厚で透明な声が奏でる色彩のハーモニーが堪能できます」とあります。

 プログラムは、ミサ曲やラフマニノフ、メンデルスゾーンなどの合唱曲。
 演奏曲は、初めて聞く曲ばかり。唯一知っていた曲は、グリーグの組曲ペール・ギュントの有名な1曲、「ソルヴェングの歌」のみ。
 でも、知っている曲とか、知らない曲とか、全く関係なかったようです。23名の美声が生み出す清らかなハーモニーに、スーッと引き込まれていきました。

 コンサートでは珍しく、合唱曲の歌詞対訳が配られました。
 左側に原文が、右側に日本語訳が記されています。原文は、多くがドイツ語。一部、見慣れないロシア語とラテン語もあったようです。(もちろん、私ごときが分かるはずがありません。近くの男性からの仄聞です)大学時代に2年間学んだドイツ語。当然、今頃覚えているはずもありません。でも、不思議なことに、時々知っている単語が出てきて、意味が分からないなりに、字面を追うことが出来ました。

 前席に、60代後半らしきご夫妻が座っておられました。
 コンサートが始まってしばらく経つと、奥様が気持ちよさそうに、舟をこぎ始められます。隣のダンナ様が周りを気にしてか、肘で軽くチョンチョン。奥様の体が、一瞬ピタッと止まります。曲が進むとともに、余程お疲れなのか、再びゆっくりと舟をこぎ始められます。
 休憩時間に、和やかに会話していたご夫妻。
 後半の部が始まるとともに、またもや奥様のお舟が登場。そして、ダンナ様のチョンチョンも再登場。前の席だけに、否が応でもお二人の遣り取りが視線に入ってきます。
 結構長い間、仲睦まじく「お舟」と「チョンチョン」を続いておられました。

  コンサートを通じて、目に見えない何か温かい、大きなものに抱かれている不思議な感覚に陥りました。
 もし天使の声というものがあるなら、こういったものかと思いながら、響きに浸っていました。

  演奏会が終わって家路につく時、外の風がいっそう爽やかに感じられました。(O)

緑陰雑感

2015.05.26

(花)エビデントラム、カーネーション、スプレーカーネーション、スプレーバラ(葉物)縦縞フトイ、ナルコラン、ギボウシ

(花)エビデントラム、カーネーション、スプレーカーネーション、スプレーバラ(葉物)縦縞フトイ、ナルコラン、ギボウシ

 ブログを読んでいただき、ありがとうございます。

  このブログを始めてから、早いものでもう10カ月が経とうとしています。
 1週間に1度だけの更新ですが、いつも呻吟を繰り返しながら書いています。400字詰め原稿用紙にして、5~10枚程度。これだけの分量ですが、いざ書くとなると、意外と時間がかかります。スムーズに書けたためしがなく、毎回、推敲に推敲を重ね、やっとの思いで仕上げています。
 それでも、ブログを止めようと思ったことは無く、週末ともなると、なぜか文章が書きたくてムズムズしてきます。

  ブログを書くのは、おもに日曜日の夜。
 夕食をとり、風呂に入ってから、パソコンと向き合います。平日に書き進む時もありますが、平日はたいがい何を書こうかとテーマ探しに充てています。本を読んでいても、歩いていても、通勤電車の中でも、どこかにヒントがないか、糸口がないかと、題材探しに明け暮れています。
 書く内容が決まると、「起承転結」「序破急」など、それなりに文章構成を考え、頭の中で少しずつ文章を練り上げていきます。

  高校時代、新聞部に入っていました。
 文章に興味をもった原点は、ここにあるようです。

  たまたま姉の親友が、新聞部の部長をしていて、熱心に誘われたのがきっかけです。
 深く考えて入部した訳ではなく、軽いノリです。
 誰も読んでくれない高校新聞。ほとんど見向きもされない校内新聞。そんな新聞を、学期末の終業式の日、タブロイド版かブランケット版4ページ建てで、年3回発行しました。青臭い新聞づくりですが、部活を通じて、原稿用紙のマスに一字々々埋めるつらさ。語彙力の無さ、文章力の無さを身に沁みで教えられた気がします。
 クラスメイトが、期末テストに向けて必死に勉強している最中、かたや締切りが迫り、原稿書きと新聞づくりに追われるつらさ。

  今から思うと、あの新聞部のおかげで、痛切に読書の大切さを感じ、深く本に関心を抱き始めた気がします。

 先日、富山駅近くの楽翆亭美術館に行って来ました。
 しっとりとした、落ち着いた美術館です。好きな美術館のひとつです。

  帰りに売店で、ある本が目にとまりました。
 女優・山口智子さんのエッセイ集「掛けたくなる軸」(朝日新聞出版)です。
 「山口智子さんが選んだ日本全国の職人による手技の名品を紹介した」本で、気品が漂い、味わい深い文章が綴られています。山口智子さんが、このような本を出版されていることを全く知りませんでした。
 読み始めていますが、つくづくこのレベルの文章を書けるようになりたいものです。

  いつまで、このブログを続けられるかわかりません。
 できれば、もう少しまともな文章を紡いでいけるよう研鑽を重ねたいです。もうしばらくお付き合いください。(O)

「おむすび」に秘められた力

2015.05.18

(花)グロリオーサ、トルコききょう、モカラ(葉物)スパイラルバンブー、木苺

(花)グロリオーサ、トルコききょう、モカラ(葉物)スパイラルバンブー、木苺

 日曜日の早朝、大きな花火が一発上がりました。
 「何かなー」と思っていると、地元小学校の運動会の合図だったようです。
 もうそういった年代の子供がいない身にとっては、なかなか学校行事についていけません。

  運動会といえば、父親にとっては場所取りが、母親にとってはおいしい弁当作りが大きな役割でした。
 たかが場所取りですが、少しでも子供たちの活躍ぶりを見たいと、朝早くから良い場所取りに出掛けたものです。幼稚園、小学校と続きましたが、かなり早い時間から出掛けたつもりでも、既に多くのランチマットで敷いてあり、驚いたものです。
 家内も、いつもにも増して、弁当作りに力が入っていたようです。
 子供たちの好物はもちろんのこと、到底食べ切れないほどの量を早朝から頑張って作っていました。子供たち以上に、家内の方がウキウキと嬉しそうでした。

  運動会の休み時間に、青空のもと、皆で食べたお弁当の美味しかったこと。
 おかずもさることながら、おむすびの美味しかったこと。
 木陰の下で、さわやかな風を受けながら、食べるおむすびは格別でした。

 
 おむすびといえば、「おむすび」を通して、「食」をとても大切にしている人がいます。
 青森県在住の佐藤初女(はつめ)さんです。

  93歳になられた現在も、全国各地で講演しておられると、お聞きしています。
 富山県にも、2010年8月に魚津市「森のゆめ市民大学」の講師として、来県されています。

  「森のイスキア」「おむすびの人」として、有名な佐藤初女さん。
 「食はいのち」と語り、毎日の食生活の大切さを訴えておられます。

 もちろん、佐藤さんに直接お会いしたことはありません。
 佐藤さんの事を初めて知ったのは、確か10年程前だったと思います。叶わない夢ですが、以前から「森のイスキア」におられる、佐藤初女さんを訪問したいという強い願望があります。

「いのちの森の台所」(集英社文庫)、「森のイスキアで話したこと」(創元社)、「いのちを養う食」(講談社)など、今までに著書7~8冊を読ませてもらいましたが、いつも文脈にスーッと入り込めるから不思議です。

 森のイスキアには、全国各地から悩みを抱えた人や佐藤さんを慕う人達が訪ねています。
 森のイスキアでは、俗にいう贅沢な料理でもてなくことはないそうです。地元でとれる山菜や、旬の野菜や魚介類、季節にあった食物、なるべく素材の持つ力を活かした手作り料理でもてなすそうです。

 もちろん、佐藤初女さん自ら握るおむすびが、メインであることには変わりがありません。たかが「おむすび」が……と、思われることでしょうが、多くの方が、このおむすびに癒し慰められ、いつの間にか解決の道を見出して帰られるというから不思議です。

 日々の忙しさの中で、何気なく食事をしています。
 意外と「食」というものを、ないがしろにしている気がします。

 「おむすび」ひとつで、人生が変わるという佐藤初女さん。
 私も、そんな「おむすび」を握れるものになりたいものです。(O)

新しくなったハンギングバスケット

2015.05.12

 

新しく植え替えられたハンギングバスケット

新しく植え替えられたハンギングバスケット

 ハンギングバスケットの花を、一新しました。

 農協会館の周りには、11基のハンギングバスケットが設置してあります。
 平成25年4月からスタートした、このガーデニング。
 今年で3年目を迎え、すっかり定着し、嬉しいことに評判も上々のようです。
 会館内に勤務している職員はもちろんのこと、歩道を行き交う人々にとっても、いやしと目の保養になっているようです。

  夏場の水やり含め、すべての管理を市内の㈱柴崎農園さんにお願いしています。
 今回は特に、外周にある生垣の柘植(つげ)を剪定し、きれいに短くそろえていただきました。おかげで、ハンギングバスケットの花々が、いっそう青空に映えるようになった気がします。

  ハンギングバスケットは、3月から12月までの間、年4回、寄せ植えを変えてもらっています。冬場は中止していますが、厳しい寒さにもかかわらず、秋に植えたスミレなどが雪の下で越年し、春先から可憐な花を咲かせてくれます。改めて生命力の強さに、頭が下がります。(O)

外周にある生垣も、きれいに剪定していただきました。

外周にある生垣も、きれいに剪定していただきました。

 

赤ちゃんの泣き声が聞こえる美術館

2015.05.12

(花)粟、ゆり、デンファレ、クレマチス、スプレーカーネーション(葉物)ヒバ、ドラセナ

(花)粟、ゆり、デンファレ、クレマチス、スプレーカーネーション(葉物)ヒバ、ドラセナ

 ゴールデンウイークに、ある美術館へ行って来ました。
 「世界一かわいい美術館」です。
 今年3月にオープンした、この美術館。地方紙で、初めてその存在を知り、不思議なネーミングといい、ずっと気にかかっていました。

  あいの風鉄道の水橋駅前にあるという「世界一かわいい美術館」。
 ナビを頼りにセットした目的地に着いても、それらしき建物が見当たりません。しばらく探してもわからず、TELしてみると、なんとすぐ傍の建物が美術館。
 古民家を移築して造ったという、平屋の美術館。一見すると、ふつうの住宅にしか見えません。正面に掛けられた看板もやや小さく、分かりづらいもの。でも、この遠慮がちな看板こそが、この美術館に相応しいのかもしれません。

 美術館に足を踏み入れて、ビックリ。
 なぜか赤ちゃんの泣き声が、館内に響き渡っています。

 静寂、静謐をもっとも大切にするはずの美術館。他の美術館では、まず考えられません。
 そんなに多くの美術館に足を運んだわけではありませんが、赤ちゃんの泣き声はもちろんのこと、赤ちゃん連れの方を拝見したことも、一度もありません。

  しかしながら、作品を鑑賞しはじめるとともに、そういったことが全く気にならなくなり、むしろ赤ちゃんの泣き声がなぜか会場にマッチしているような、不思議な感覚にさせられました。

  とにかく、この美術館はすごい。
 建物自体は、確かに「世界一」かわいいものかもしれませんが、その展示物の充実ぶりは驚きそのものです。

  ある篤志家が、個人で蒐集(しゅうしゅう)してきた美術品、工芸品等を、多くの人に観てもらいたいと、美術館を新設したとのこと。観覧料は、無料です。
 現在は、企画として「文化勲章受章者作品展」を開催中。
 東山魁夷、奥村土牛、平山郁夫、杉山寧、奥田元宋、小林古径、小倉遊亀など、錚々たる作家の作品群です。約100点の展示作品ですが、ただただ圧倒されました。
 素人考えですが、本来ならば、これらは山種美術館や根津美術館クラスの美術館に展示されるべき作品だと思います。

  通常の美術館なら、作品と作品の間に一定の距離と空間があり、「間」を大切にしています。照明にもさまざまな工夫が施され、陳列の順番ひとつとっても、かなり用意周到な準備のうえで、配置されます。

  失礼ながら、この美術館には余りそれらのものがありません。
 知人宅の広間と廊下で、絵画を鑑賞しているような雰囲気があります。
 近代的な美術館のように整った環境で作品に触れるのではなく、作品そのものと1対1で対峙して鑑賞するスタイルが、この美術館の特徴といえます。
 信じられないほど、間近で一級品を鑑賞することができます。赤ちゃんの泣き声に代表されるように、変に肩肘を張ることもなく、家庭的な雰囲気の中でゆっくりと鑑賞できる良さがある気がします。
 これらは、他に類がない素晴らしさと思います。

  川合玉堂の「彩雨」は、以前から好きな絵です。
 絵はがきを持っていましたが、直接鑑賞する機会はありませんでした。今回、まったく予期しないままに、突如目の前に現物が現れ、驚きとともに深い感激を受けました。
 「元宋の紅」として有名な奥田元宋さん。大好きな作家の一人です。いつもの紅を基調とした晩秋の風景画ではなく、「水仙」という気風の違った作品に接し、新鮮なイメージを受けました。

  一番感動を受けたのは、東山魁夷の「峰陽」です。
 つたない私の言葉では、とても十分に表現することができません。
 もしよろしければ、ご自分の目で鑑賞してみてください。(O)

窓越しに見える新緑の輝き

2015.04.28

(枝)満作(花)オーニソガラム、カーネーション、スプレーカーネーション、トルコききょう(葉物)ナルコラン

(枝)満作(花)オーニソガラム、カーネーション、スプレーカーネーション、トルコききょう(葉物)ナルコラン

 新緑が、目に優しい季節となりました。

  沙羅双樹(さらそうじゅ)が、日ごとに新緑の輝きを増しています。
 事務所から窓越しに見える沙羅双樹。
 小さな庭の中央に、5、6本かためて植えられています。
 隣のビルが、道路を隔てて近くに建てられているため、事務所がある1階からは、自然の風景を楽しむことが出来ません。青空はもちろんのこと、残念ながら四季の移ろいを感じることもあまり出来ません。
 でも、デスクから見える沙羅双樹の木々をとおして、自然の歩みを味わっています。
 限られた、わずかな空間ですが、1年を通じて美しく変化してくれ、仕事の合間に心癒されています。

 この沙羅双樹の木々。
 「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす 奢れる者も久しからず……」と、平家物語の冒頭に登場し、あまりにも有名です。
 新緑のこの時期。若葉がゆたかに満ちあふれ、淡い緑色から深い緑へと彩りを増しています。白い可憐な花が咲きそろう5月。これからが楽しみです。

 目には青葉 山ほととぎす 初鰹

 ちょうど、この時期を詠った句なのでしょうか。
 江戸中期の俳人・山口素堂(そどう)の作とあります。
 「目にはまぶしく輝く木々の新緑が映り、耳には山ほととぎすの鳴き声が聞こえて、口では新鮮な初鰹を味わう」ことを表すそうです。「青葉」は視覚、「ほととぎす」は聴覚、「初鰹」は味覚と、それぞれで季節感を表し、季語が3つもある珍しい俳句ともあります。

 山々も、新緑が眩いばかりに映えています。
 花水木(ハナミズキ)が所どころで咲き、柔らかな色彩を見せています。白や薄いピンクの花をつける花水木。見ているだけで、なぜかホッとさせられる不思議な花です。
 芝桜も、赤、薄紫、白色の花を咲かせ、鮮やかなコントラストを見せています。この芝桜に魅せられている人も多いのでは、と思います。

 さわやかな清風が吹き、百花繚乱のこの時期。
 花を愛でる心、自然のいとなみを慈しむ感性を、大切にしたいと思います。(O)

 PS.
5月4日は、ゴールデンウイークのため、ブログを1回休ませていただきます。
次回は、5月11日の予定です。

雲外蒼天(うんがいそうてん)

2015.04.20

(花)すかしゆり、オンシジューム、バラ(葉物)ドラセラ

(花)すかしゆり、オンシジューム、バラ(葉物)ドラセラ

 ただ今、時代小説作家・高田郁さんの本にハマっています。

 高田郁という作家を知ったのは、今年2月。
 失礼ながら、郁(かおる)という漢字が読めず、女性であることがわかったのも、しばらく経ってから。

  新聞の書評で、著書「ふるさと銀河線 軌道春秋」(双葉文庫)を称賛する評論家がいて、さっそく購読。期待にたがわず、大変おもしろくて、続けて「晴れときどき涙雨」(幻冬舎文庫)を購入。以来、すっかり高田さんの文体に魅せられ、「次も」「さらに」と進み、4月に入ってから、「みをつくし料理帖」シリーズ(ハルキ文庫)全10巻にチャレンジ中。

  「みをつくし料理帖」は、
 「大坂で少女の頃に水害で両親を失い、天涯孤独の身となった18歳の女性が、江戸・神田の料理屋『つる屋』の調理場を任され、大坂と江戸の味の違いなどに戸惑いながらも、天性の味覚と負けん気で、日々研鑽を重ねていく」小説です。

  当然ながら料理を題材とした本ですので、季節に合った旬の食材や趣向を凝らした料理が、数多く登場します。「食」を通して、江戸時代の生活習慣や食文化に触れられるだけでも楽しいのですが、繰り広げられる人情話に、ついつい引き込まれてしまいます。
 そこには、山本周五郎さんや山本一力さんなど、男性作家が描く江戸とは趣(おもむき)の異なった、やさしく、温かみのある江戸が、女性目線で息づいています。

  主人公の澪(みお)は、一人の料理人として、お客さんに少しでも美味しく食べてほしい、食べることで喜んでもらいたいと、限られた食材の中で、様々な新しい料理を考案しながら料理を作り続けます。

  澪の歩みを象徴するたとえとして、たびたび「雲外蒼天(うんがいそうてん)」という言葉が、本の中で登場します。

 雲外蒼天とは、「雲外に蒼天ありという。暗雲の外に出れば、蒼穹(あおぞら)は広く、あたたかい。雲は、さまざまな障害や悩みの意。困難を乗り越え、努力して克服すれば、快い青空が望めるという意味。絶望してはいけないという激励のことば」と、ネットにあります。

  いい言葉です。
 大切に心にしまっておこうと思います。

  現在、折り返し地点を過ぎ、6巻目「心星ひとつ」まで読み進んでいます。
 今月末までには、全巻読破し、なんとかゴール出来そうです。

  はたして、ストーリーはどのように展開するのか?
 このワクワク感、高揚感がたまりません。
 まさに、私の至福の時です(O)

本間一夫さんの笑顔

2015.04.13

(花)アマリリス、アンスリューム、モカラ、スプレーカーネーション(葉物)ナルコラン、モンステラ、レザーファン

(花)アマリリス、アンスリューム、モカラ、スプレーカーネーション(葉物)ナルコラン、モンステラ、レザーファン

 一時期、点字を習っていました。
 20歳の頃だったと思います。

  朝日新聞の「点訳ボランティア養成コース、養成者募集」の記事が目に留まり、さっそく応募することに。募集人員は、約30名。毎回、多数の応募があるとのことで、申込用紙とともに受講希望を書いた作文も提出。選考の結果、何とか受講生に。

  点訳者とは、目の不自由な方のために、文章を点字に翻訳する人のこと。
 点字は、6つの点の組み合わせからなり、独特のルールにもとづき、点訳します。点訳者は、すべてのルールをマスターし、根気強く1点1点、紙に直接打って点訳します。
 現在は、「パソコン点訳」が開発され、目の不自由な方の要望にしたがい、以前よりは容易に点訳図書ができるようです。その当時は、すべてボランティアの手作業に頼らざるを得ない状況で、点訳本がかなり不足していたため、点訳奉仕者の養成が急務だったようです。

  養成講習の会場は、西新宿・高層ビルの一角にある朝日カルチャーセンター。講習会の初日に出席して、びっくり。受講生のほとんどが、女性。しかも、50代から60代が中心で、多くは時間的な余裕のありそうな方々ばっかり。

  講師は、本間一夫先生。
 この時は、本間一夫先生が日本で初めて点字図書館を創設した人で、視覚障害者のために大きな足跡を残された方であることは、全く知りませんでした。
 笑顔がとても素敵で、物腰が柔らかく、好々爺といった印象を受けました。
 講習は、週1回の半年コースだったと記憶しています。かなり通いましたが、恥ずかしながら途中で挫折し、修了書はもらえませんでした。それでも当時、点字で手紙らしきものを出していましたので、一定のレベルには達していたと思います。

  本間一夫さんの本が、岩波書店から出版されたのが昭和55年。
 「指と耳で読む-日本点字図書館と私」(岩波新書)と題された本。発刊とともに購入し、終読したことは覚えていますが、今回改めて再読しようと本棚を探しても見つかりません。
 残念ながら、書店にも並んでいませんでした。

  ネットで、本間一夫さんのことを確認すると、

 「昭和-平成時代の福祉活動家。5歳のとき失明。昭和15年自身の蔵書をもとに、日本初の点字図書館を東京にひらく。点字学習の指導や点訳者の育成につとめ、点字図書、テープ図書の貸し出し、盲人用生活器具の開発や普及につくす。87歳。北海道出身。関西学院大卒」とあります。

  いまだに、ふと本間一夫さんのことを想い出すことがあります。
 柔和そのものの笑顔が、とても懐かしく目に浮かびます。
 ただ、点訳ボランティアが中途半端に終わったことが、心に刺さった小さな棘(とげ)のように時々疼くことがあります。(O)

静かに老いてゆく愛犬との日々

2015.04.06

(花)ガーベラ、ラナンキュラス、カーネーション、スプレーカーネーション、スイートピー、マーガレット(葉物)レモンリーフ、、ブプレリューム

(花)ガーベラ、ラナンキュラス、カーネーション、スプレーカーネーション、スイートピー、マーガレット(葉物)レモンリーフ、、ブプレリューム

 家路に着き、玄関ドアを開け、真っ先にすることがあります。
 愛犬が、寝息をたてているか、確認することです。

  わが家の愛犬トーマスは、17歳。
 犬の年齢早見表によると、人間に換算して、もう84歳過ぎ。
 もうすっかり、お爺さんです。毎日、眠り続けています。信じられないほど、ひたすら眠っています。
 帰宅して、寝ているトーマスのお腹が、静かに動いているのを確認すると、正直ホッとします。

 当地に転居する際、子供たちと犬を飼う約束をしました。
 子供たちが、ペットショップへ足蹴(あしげ)く通い、選んだのが今のトーマス。柴犬なのに、なぜか名前はカタカナの「トーマス」。当時人気のあった、幼児番組「機関車トーマス」から命名したようです。

  飼い始めた頃は、小さくて両手に乗るほどの大きさ。子犬の頃は、見ているだけで、しぐさが可愛らしく、子供たちのおもちゃ代わりに。
 子供たちとの初めの約束、「犬の世話は、ちゃんとみるから……」を守ったのは、ほんの2カ月間だけ。いつの間にか、子供たちは「部活がいそがしい」「塾に行かなくてはいけない」とのたまうことに。予想どおり、可愛がるのは子供たちの役割、世話はすべて父親の務めに。朝晩、2回の散歩、食事や下の世話、そして犬小屋の掃除……。結構、やることがあります。

 エネルギーにあふれる成犬になってからは、生きる活力をもらった気がします。
 ただ、柴犬のオスのためか、成犬になってから何回咬まれたことか。遊んでいて、甘がみかと思うと、本気でガブリ。なにを考えているものやら。「誰が一番世話しているか、わかっているのか」と、本気で怒りたくなります。

 トーマスは、散歩が大好き。
 夏場、何を勘違いしたのか、空が白み始める午前4時前から、「散歩に行こう」と大きな声で吠えることも。ご近所に迷惑が掛かるので、結局、眠い目をこすりながら、散歩に行く羽目に。
 でも、トーマスとの散歩のおかげで、毎日規則正しい生活が送れ、かなりの距離を歩いた時期もありましたので、健康維持には大変役立った気がします。

  今のトーマスはといえば、目や耳はおろか臭覚もおぼつかない状態。最近は、とみに足腰が弱り、前脚で何とか立ち上がっています。それでも、相変わらず朝晩、1日2回の散歩は続けています。散歩といっても、すぐ近くの町内を回ってくるだけ。後ろ脚を、ややひきずるように歩き、ステップしているような有様。老犬がゆっくり歩く傍らで、介護しながら付き添っています。

 つらいのは、家の前の外階段。あれほど元気に駆け下り、駆け上がっていた、わずか3段の階段。今は、かなり時間を掛けて上り下りするか、時々抱えてやっています。
 排泄は、全くといっていいほど、失敗しない犬でしたが、この頃粗相をするようになりました。こちらは、怒る気もないのに、後片付けをしていると、申し訳なさそうにしています。
 食欲旺盛で、食いしん坊でしたが、今は食も細くなりつつあります。

 17年間のトーマスとの歩み。
 静かに老いてゆく愛犬との暮らしは、ふと自らの老いと重ね合わせられ、胸にしみるものがあります。

  どれだけ疲れて家に帰っても、人であれ、犬であれ、猫であれ、自分の帰りを心待ちにしている人、動物がいることは嬉しいことです。
 トーマスは、17年間、ひたすら私の帰りを待ち続けてくれています。

 こんな日が、一日でも長く続くことを日々願っています。(O)

山あいに吹く春風

2015.04.01

(花)グロリオーサ、ゆり、トルコききょう、アルストロメリア(葉物)ゴットセファナ、ユーカリ

(花)グロリオーサ、ゆり、トルコききょう、アルストロメリア(葉物)ゴットセファナ、ユーカリ

 山あいに、春風が吹きわたっています。

  雪融けが進み、芽吹く頃になると、よく山に出掛けました。
 祖父の山仕事を手伝うためです。
 春休みは宿題もなく、近所の子供たちと思いっきり遊びたいのですが、それでも2人で山へ行きました。

  山仕事といっても、倒れた杉の木を起こす作業です。
 冬の間に、雪の重みに負けて、多くの若木が倒れます。根元から折れる木もあります。倒れた木に一本ずつロープを掛けて起こし、最後は針金を使って2カ所で固定する作業です。苗木を植林してから、自立するまで、約15年間は続けたでしょうか。
 幼木だと倒れても、簡単に起こせます。一定の大きさまで生長した木が倒れると、ひと仕事です。滑車を付けた簡単な機械で、起こす必要があります。離れた別の木の根元に滑車を固定し、倒れた木の幹の上部にロープを縛り、滑車を少しずつ巻き上げ、起こすわけです。

  ただ、倒れた幹にロープを付けるのが、大変なのです。杉の木は、平場より傾斜地に植林している場合が多いもの。なぜか倒れる時は、山側ではなく、ほとんどが谷側に向かって倒れます。しかも、テコの原理の関係で、ロープは幹の中心から少しでも上部に縛る必要があります。

  まっすぐ立っている杉の木に登ることは、慣れればたやすいこと。

  しかし、倒れている杉の木、しかも谷側に向いて倒れている木に登ることは、なかなか勇気がいります。木の上を進めば進むほど、木がしなり、自分の体重で下がるからです。さらに、上に行けば行くほど、幹は細くなり、つかまる枝も細い若枝になります。
 感覚的には、木に這いつくばりながら、谷底に向かって、弓なりにしなったまま下方へ進む感覚です。

  小学生の時は小学生なりに、そして、体重が増えるにともない、別の恐怖を新たに覚えたものです。
 このような作業を、小学4年頃から高校を卒業するまで、亡き祖父と二人で、時には母も交えて続けました。

  このように書くと、いかにもつらいだけの仕事に聞こえるかもしれません。

  実をいうと、この山作業が好きでした。

  木の上の恐怖は、最後まで消えませんでしたが、春の山が好きだったからです。
 春の山には、何とも言えない春の風が吹いていました。
 風は、目には見えません。でも、頬につたわる風は心地よく、さわやかでした。

 ウグイスや多くの鳥も、よく鳴いていました。上手に鳴くウグイスと、下手なウグイスがいることも、初めて知りました。山によって、ウグイスの鳴き方に違いがあることも、祖父から教わりました。

  春の山には、言葉に言い尽くせない、多くの魅力が満ちていました。

  今はといえば、山仕事をする人はほとんどいません。
 山に入る人すら、本当に少なくなりました。
 残念ながら、林業は衰退しています。かつては、林業に従事している人が多くいましたが、今は皆無です。安い外材が大量に輸入されてからは、国内の林業は成り立たなくなりました。
 幼い頃、杉の木は大きな収入源であり、まさに財産でした。杉の木を売って、その金で新築したとか、嫁入り道具を揃えたという話は、当たり前のように聞いたものです。今は、杉の木はもう二束三文の状態。むしろ、切り出すための経費の方が、高く掛かるような有様。
 そのため、山は荒廃し、隣の所有者との地境もわからない状態。世代交代が進んでいますが、若い世代は自分の山が、どこにあるのかも知りません。自分の山に、足を運んだことすら無いのですから。

  若い頃、祖父とともに苦労して育てた木は、信じられないほど、立派な木々に育ちました。
 正直、大木に生長した木を見ると、複雑な思いが募ります。

  それでも、この時期になると、なぜか無性に春の山に足を運びたくなります。(O)

カテゴリ

Page Top