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貸会議室で、Wi‐Fiが利用できます。

2015.09.15

 ホームページを、一部リニューアルしました。

  今回の主な変更点は、

1.「貸ホール・貸会議室」のコーナーを、ご利用しやすいように変更しました。

(花)オンシジューム、ケイトウ、スプレーカーネーション(葉物)オクラレルカ、ハラン

(花)オンシジューム、ケイトウ、スプレーカーネーション(葉物)オクラレルカ、ハラン

2.新設したWi-Fi関係を掲載しました。

3.トップページのスライド写真を一部変更しました。

4.8階の「ホール控室」を「804会議室」に名称変更しました。

  以上の4点です。

 1.「貸ホール・貸会議室」については、
(1)「360度パノラマビュー」を新しく導入しました。
 8階ホールと801会議室、903会議室の3カ所を、360度のワイドビューで見ていただくことが出来ます。

(2)「イベント事例集」を新設しました。
 過去に8階ホールで開催されました講演会や研修会、シンポジウム、試験会場などの利用状況を紹介しています。
 データの掲載にあたり、株式会社富山育英センター様、富山県農業協同組合中央会様に大変ご協力をいただきました。改めて、感謝申しあげます。

(3)「収容人数別一覧」、「スタイル別一覧」を新たに設けました。
 ご利用目的により、短時間に検索できるように工夫したつもりです。

 2.Wi-Fi(インターネット接続)が、ご利用できるようになりました。
  8階、9階のすべての貸会議室、貸ホールに、新しくWi-Fi機能を設置しました。
  ただ、フリーで、ご利用いただくことは出来ず、パスワードが必要となります。1日、1,000円(税込み)となりますが、会議、研修などで、ご利用ください。

3.県内JAでは、子供たちに農業に親しみを持ってもらえるように食農教育を進めていますが、トップページに食農教育に関したデータを掲載しました。
 データの掲載にあたり、JAみな穂・総務人事課様に全面的にご協力をいただきました。改めて、感謝申しあげます。
 なお、トップページは季節の変化にともない、10月1日、12月1日、平成28年3月1日に変更する予定です。

 4.8階の「ホール控室」については、従来までは来賓や講師の控室として、ご利用いただいていました。
 今回の耐震改修工事にともない、控室だけではなく、小規模なミーティングルームとしても利用いただけるように、スタイルを変更しました。
 名称も、「804会議室」に変更しましたので、ぜひご利用ください。

 

 P.S.
 シルバーウィークに入りますので、21日のブログは1回休ませていただきます。
 次回は、28日となります。「民芸」について、書かせていただくつもりです。(O)

小さな日本庭園が誕生しました。

2015.09.07

 

(花)モカラ、エンリジューム、アンスリューム(葉物)ソングオブジャマイカ、ゴットセファナ(枝)石化エニシダ

(花)モカラ、エンリジューム、アンスリューム(葉物)ソングオブジャマイカ、ゴットセファナ(枝)石化エニシダ

 農協会館前に、小さな日本庭園が誕生しました。

 耐震改修工事とは別に、6月中旬から会館外周の配管取替工事を行っていました。
 7月中旬に工事が終了し、工事を進めていた場所は元どおり復元しましたが、会館前だけは、更地(さらち)のままになっていました。

  この場所は、工事を始めるまでは、柘植(つげ)の木が生垣のように植えられていました。
 農協会館の竣工とともに植えられた、この柘植の木。毎年生長するため、年に数回、造園業者にお願いして剪定してもらっていました。
 約35年もの長い間、親しまれてきた柘植の木でしたが、工事の邪魔になるため、一本残らず抜き取られました。

  工事終了後、改めて柘植を植える予定にしていましたが、造園会社である株式会社柴崎農園の社長さんから「柘植の代わりに別の木を植えて、小さな庭を造ってみたらどうか」との提案があり、「費用を同額にする」ということもあり、役員に相談し、結局お願いすることに。

 

農協会館前に、新しく誕生した日本庭園。

農協会館前に、新しく誕生した日本庭園。

 記録続きの猛暑が続いていたため、お盆前になかなか植栽に掛かれず、天候が落ち着き、外気温も涼しくなった8月下旬に、やっと庭造りを始めることに。ありがたいことに植樹した頃から、ちょうど雨模様の日が続いており、木々の根付きも順調なようです。

 植えられたのは、マユミ、柊(ひいらぎ)、アオダモ、ヒラドツツジ、ソヨゴ、ドウダンツツジ、ヤマボウシ、ライラック、エゴノキ。そして、地表にはスギゴケ。限られた予算にもかかわらず、社長さんの配慮で、当初計画には無かった立派な庭石も置いていただきました。

 1日半の庭仕事を終えて、新しく出来上がった日本庭園。

 嬉しいことに、大変評判が良いようです。
 「しっとりと落ち着いた感じで、いいね」とか、「限られたスペースを、うまく生かしている」など、多くの方からお褒めの言葉を頂戴しています。

 
 会館前に誕生した日本庭園。
 早いもので、うっすらと色づき始めた樹もあります。
 小さな庭園ながら、これから四季の移ろいを十分楽しめませてくれそうです。(O)

 

ヤマボウシ、マユミなどを植え、きれいに剪定する㈱柴崎農園の皆さん。

ヤマボウシ、マユミなどを植え、きれいに剪定する㈱柴崎農園の皆さん。

 

最後に、スギゴケを地表に敷き詰めます。

最後に、スギゴケを地表に敷き詰めます。

 

地震に備え、シェイクアウトとやまに参加

2015.09.02

 

午前10時に「地震が発生しました」と、館内放送を流しました。

午前10時に「地震が発生しました」と、館内放送を流しました。

 9月1日は、「防災の日」。
 地震を想定した県民一斉参加型の訓練「シェイクアウトとやま」が、県内各地の学校や職場で行われました。農協会館も「シェイクアウトとやま」に参加し、緊急時に備えて防災意識を高めました。

 シェイクアウトは、「地震を吹き飛ばせ」という意味の造語。
 参加者が1カ所に集まる訓練とは違い、それぞれの場所で「まず低く」「頭を守り」「動かない」という基本動作を取る訓練です。2008年にアメリカで始まり、県内で行われるのは、昨年に引き続き2回目。

  農協会館では、午前10時に館内放送を流し、「地震が発生しました」を合図

館内放送を聞き、一斉に机の下に隠れる農協中央会の職員。

館内放送を聞き、一斉に机の下に隠れる農協中央会の職員。

に、職員らが1分間、一斉に机の下に隠れ、災害発生時に備えました。(O)

消防・防災訓練を実施しました。

2015.08.31

 

(花)シンピジューム、トルコききょう、スプレーカーネーション(葉物)コンパクター(枝)野バラ、どうだんつつじ

(花)シンピジューム、トルコききょう、スプレーカーネーション(葉物)コンパクター(枝)野バラ、どうだんつつじ

 第1回目の消防・防災訓練が、8月26日に行われました。

 農協会館は、高さ31メートル以上の建築物のため、消防法にもとづき、「特定防火対象物」にあたり、年2回の消防訓練、年1回の防災訓練が義務付けられています。

 今回の訓練には、館内に入居している11団体から25名が参加。
 現在、耐震改修工事を進めている株式会社竹中工務店からも、3名の方が参加してくださいました。

 最初に実施した訓練は、救命講習(救命入門コース)。

模型を使い、気道確保の大切さを説明する富山消防署の池水さん。

模型を使い、気道確保の大切さを説明する富山消防署の池水さん。

 講師は、富山消防署庶務救急課の池水真未さん。
 池水さんは、「倒れた人を発見した場合、救急隊が到着までの間、どれだけ心肺蘇生が行われたかが、その後の生存率に大きく左右します」と、救命講習の大切さを説明。

  参加者は3班に分かれ、呼吸の確認や胸骨圧迫、気道確保、人工呼吸、AEDの使用方法などを、約90分間にわたって研修。
 参加者は、マネキンを使用しながら、「1、2、3、4………」と大きな声を出しながらリズムを取り、胸骨圧迫や人工呼吸などを実習しました。
 講習終了後、池水さんから参加者全員に「救命入門コース参加証」が渡されました。

 続いて、避難訓練。

 8階ロビーの喫煙室から火事が発生したとの想定で、富山消防署に通報。火元の反対側にあたる西側階段を

マネキンを使って、「1、2、3、4……」と、大きな声を出して胸骨圧迫をする受講生。

マネキンを使って、「1、2、3、4……」と、大きな声を出して胸骨圧迫をする受講生。

使って、9階会議室から会館前まで駆け降りました。最後の人が、避難先に到着するまでの所要時間は、3分20秒。全員、スピーディーに避難することが出来ました。

 最後は、消火栓と消火器を使った消火訓練。

 屋内消火栓は、各階に2カ所ずつ設置してありますが、滅多にホースを直接手にする機会はないもの。今回は、㈱北陸綜合防災センターの担当者から操作方法などを聞きながら、1階ロビーの消火栓を使って実習。消火栓を開け、ノズルを持って30メートル用のホースを引っ張り出し、開閉弁を開ける訓練をしました。

 消火器についても、初めに操作方法の説明を受け、各団体の代表8名が、それぞれ消火器を手に持ち、安全ピンをはずして、消火器の使い方を確認しました。

 

消火器の正しい操作方法を聞き、一気に消火する参加者。

消火器の正しい操作方法を聞き、一気に消火する参加者。

 農協会館には、現在、約360人が勤務していますが、毎年8月に実施している消防・防災訓練に、今後も救命講習(救命入門コース)を取り入れる予定です。毎回、受講者を新しくすることにより、館内の救命受講修了者が増え、仮に人が倒れるなど緊急事態が発生した場合、一人でも多くの職員が救急車が到着するまでの間、慌てることなく、適切な対応を取れるようにするためです。

 今回の訓練にあたり、富山消防署と㈱北陸綜合防災センターに、全面的にご協力をいただきました。改めて、心から感謝申しあげます。(O)

耐震改修工事、順調に進んでいます。

2015.08.25

 

(花)ゆり、オンシジューム、トルコききょう、りんどう、スプレーカーネーション(葉物)ナルコラン

(花)ゆり、オンシジューム、トルコききょう、りんどう、スプレーカーネーション(葉物)ナルコラン

 農協会館の耐震改修工事。
 本格的に4月から工事がスタートして、もう5か月。
 今のところ、工事は順調に進んでいます。

 5月に9階の工事がすべて終了し、現在は8階、7階、6階で耐震改修工事を進めています。
 外部の方から、「外側から見ると、耐震工事しているようには見えない」「本当に耐震工事をしているのですか」と、よく聞かれます。耐震工事の工法として、建物の内側に鉄骨ブレースを組み込む方法を採用していますので、外見上、工事の内容が分かりづらいのかもしれません。

 8月23日、日曜日。
 大型クレーンを使って、屋上へ初めて資材等の荷揚げ作業を行いました。
 重量の負荷が、かなり掛かるため、クレーン車が停止する農協会館横の駐車場に、厚手の鉄板を敷き、さらに鉄板をしっかり固定するため、周囲をアスファルトで固める作業を、前日に事前に済ませておきました。

 当日到着した大型クレーン車の大きさは、50トン。
 7月に25トン級のクレーン車で、7階に鉄骨ブレースの搬入を行いましたが、50トン級は初めて。最大級のクラスといえます。
 大きさが大きさだけに、NHK側の道路を片側交互通行にして、作業を開始。
 農協会館の高さは、1階から屋上まで約47メートル。クレーンのブーム(竿の部分)は、最大限に伸ばして約50メートル。
 午前8時30分から始まった吊上げ作業は、天候に恵まれたこともあり、順調に進み、予定どおり正午に無事終了。

 今後、8月下旬から9月中旬にかけて、毎週のように週末の土曜、日曜日に、大型移動クレーン車による鉄骨ブレース等の搬入が行われる予定です。
 耐震改修工事は、10月から5階、11月からは4階、さらに12月から3階で順次始まる計画です。すべての工事が終了するのは、平成28年12月下旬の予定となっています。

 その間、何かとご迷惑をお掛けしますが、ご理解とご協力のほど、よろしくお願い申しあげます。

  なお、貸会議室については、まだ工事中の箇所も一部ありますが、ほとんどの会議室は工事が終了していますので、ぜひ、新しくリニューアルしました貸会議室をご利用ください。(O)

50トンの大型クレーンを使って、農協会館の屋上へ荷揚げ作業をしているところです。

50トンの大型クレーンを使って、農協会館の屋上へ荷揚げ作業をしているところです。

屋上では、作業員が順次資材を荷受けしています。

屋上では、作業員が順次資材を荷受けしています。

屋上から逆に大型クレーンの作業状況を見たところです。正直、足がすくみます。

屋上から逆に大型クレーンの作業状況を見たところです。正直、足がすくみます。

一枚の絵

2015.08.18

(花)グロリオーサ、カーネーション、ケイトウ(葉物)ヒペリカム、丸葉ルスカス(枝)ドラゴン柳

(花)グロリオーサ、カーネーション、ケイトウ(葉物)ヒペリカム、丸葉ルスカス(枝)ドラゴン柳

 久し振りに美術館巡りをしました。
 世界一かわいい美術館、県水墨美術館、県立近代美術館の3つの美術館です。

  水橋駅近くにある世界一かわいい美術館は、運悪く「お盆3日間は休館」とあり、正面ドア前でガックリ。

  県水墨美術館は、「超絶技巧!明治工芸の粋」が企画展。
 最終日の、しかも午後に出掛けたため、廊下まで溢れ出る長蛇の列。約30分間の入場制限を経て、なんとか会場へ。
 京都・清水三年坂美術館の所蔵品であり、以前、NHKのEテレ「日曜美術館」でも紹介された、選りすぐりの逸品ぞろい。安藤緑山の木彫・牙彫はじめ、明治工芸の粋を、この目でしっかり堪能できました。
 ただ、欲を言えば、自分のペースでゆっくり鑑賞したかったです。

  県立近代美術館。
 この美術館は、抽象画やポスターなどの企画展示が多いため、日頃あまり足を運ばない美術館。
 今回、企画展「戦後70年 無言館展 画布に遺した青春」が開催中のため、約1年ぶりに訪ねました。会場に入って、ビックリ。入場者の多いこと。年配者もさることながら、中学生や高校生、家族連れが目立ちます。夏休みの自由研究のためでしょうか、熱心にメモを取る姿もあちこちで見受けられました。

  長野県上田市にあるという戦没画学生慰霊美術館、「無言館」。
 この美術館には、第二次世界大戦中、志半ばで戦場に散った画学生たちの遺した日本画や洋画などが、全国各地から収集され、展示されているそうです。戦後70年の節目を迎え、「無言館」に所蔵されている作品の中から、今回、画学生たちの遺作、遺品約150点が紹介されています。

  会場全体を通して、トーンが暗く、陰影の濃い作品が目立ちます。
 戦時中という時代背景が、そのまま絵に反映したためでしょうか。それとも、絵筆を銃にかえなければならなかった学徒たちの無念さ、心の葛藤が、画風に色濃く表現されたためでしょうか。

  そのような中で、心にとまった作品は、小野春男さんの屏風絵「茄子」。
 小野春男さんは、京都市出身の日本画家で、昭和17年に出征し、昭和18年に戦死。享年26歳。日本画家・小野竹喬(ちっきょう)の長男とあり、驚きました。小野竹喬さんは、言わずと知れた日本画壇の重鎮。大好きな画家の一人です。戦死されたご長男がおられたことを、初めて知りました。

  「茄子」を見せていただく限り、小野春男さんは非凡な才能の持ち主だったようです。素人であるこの身に、画の価値などわかるはずもありませんが、もし存命だったならば、父・竹喬さんのように大いに活躍されたかもしれません。有為な人材を失った気がします。

  学生時代、「きけ わだつみのこえ ― 日本戦没学生の手記」(岩波文庫)、和田稔著「わだつみのこえ消えることなく」(角川文庫)など、学徒出陣で出征した学生たちが遺していった、数々の遺稿集を読んだ時期がありました。
 声にならない声に、心響くものがありました。

 戦後70年という節目の年。
 小野春男さんの一枚の絵に魅せられ、志半ばで戦禍に散った多くの学徒たちに、想いを馳せた盆休みでした。(O)

ある猛暑の2日間

2015.08.11

(花)ゆり、ひまわり(葉物)サンデリアーナ(枝)石化柳、花ナス

(花)ゆり、ひまわり(葉物)サンデリアーナ(枝)石化柳、花ナス

 連日、信じられないような猛暑が続いています。
 天気予報で「最高気温が32~33℃」と聞くと、つい「今日は凌ぎやすい」と喜んでしまう、この異常さ。果たして、いつまで記録的な暑さは続くのでしょうか?

  といいつつも、何気なく見上げた空に、秋の雲の代名詞である「いわし雲」が浮かんでいます。いつの間にか、夜半には秋の虫たちの合唱も始まっています。
 秋への誘いが、人知れず進んでいるようです。

 
 愛犬・トーマスが、天寿を全うしました。

 以前、このブログで紹介させてもらった、我が家の老犬。
 先日、17歳10カ月のいのちを静かに閉じていきました。
 人間でいうと、80歳代後半のお爺ちゃん。白内障が進み、臭覚が落ち、耳も遠くなっていました。食欲も徐々に落ち、市販のペットフードを受付けなくなり、何を食べさせるか、悩みの種となっていました。
 とにかく毎日、よく寝ていました。一日の大半が睡眠時間といっても、過言ではありません。最後まで楽しみにしていた、朝晩、1日2回の散歩以外は、ひたすら眠り続けていました。

 生涯最後となった散歩は、7日、金曜日の夕方。
 いつもの大好きな散歩コースを、ゆっくりゆっくり時間を掛けて歩きます。少し左側に傾きながら、小石につまずくこともあります。すべてをトーマスのペースに合わせ、傍らで介護するように付添いました。
 マーキングも、しっかりと最後まで続けていました。
 玄関前のわずか3段の外階段。さすがにこの段差は厳しく、自力で上がることが出来ず、抱えてやりました。

  翌、土曜日に急変し、日曜日に家族で精一杯の介護をしてやる中、静かに永眠しました。

  老犬とはいえ、2日前まで大きな変化はなく、あんなに元気だったのに。
 プライドがあったのでしょう、下の世話をあんなに嫌がっていた犬でしたが、わずか2日間とはいえ、家族にそのまま身を委ねてくれました。病変に戸惑いつつも、喜びそうなことを考えては、家族なりにしてやったつもりです。

  平日だったら、全員勤めに出ており、十分に介護することは出来なかったはず。
 誰もいない日中に急死していたら、まったく介護してやることが出来ず、家族に大きな悔いが残ったことと思います。

  とてもつらい2日間でしたが、今から思うと、寄り添う事ができ、幸せな2日間でもありました。
 曜日を選ぶことなど出来るはずもありませんが、結果として、最後にトーマスからもらった最高のプレゼントとなりました。

  約18年にもおよぶ、トーマスとの歩み。
 愛犬との出会い、もらった多くの喜びの日々、そして避けられない別れの時。
 生きとし生けるものには、必ず死を迎えます。
 言葉では理解しているつもりですが、今、言い知れぬ寂寥感と空虚さが募っています。

  夕方、ペット葬儀社から遺骨を受け取った帰りの車中。
 横の座席で、まだほのかに温もりが残っている骨壺を抱えながら、家人がぽつりといいます。
 「お父さん、もう犬を飼うのは止めましょう」と…。(O)

かわいい子供たちが待っています。

2015.08.04

(花)栗、トルコききょう、りんどう(葉物)レザーファン(枝)サンキライ

(花)栗、トルコききょう、りんどう(葉物)レザーファン(枝)サンキライ

 早いもので、ブログを始めて丁度1年経ちました。

 昨年8月にスタートした、このブログ。
 初めてブログに書かせてもらったのは、「高等学校卒業程度認定試験」のこと。今年も、今日(4日)と明日の2日間、この会館を利用して、高等学校卒業程度認定試験が実施されています。あの日から、もう1年が経ったわけです。改めて、時の流れの早さに驚かされます。
 いつものことながら、この試験を通じて新たな道を切り開こうとしている若者たちを見ていると、ついつい「頑張れよ」と声を掛けたくなります。

 連日、厳しい猛暑が続いています。
 この猛烈な暑さに体調管理も大変ですが、野菜や花々の管理も大変です。
 今年も、プランターを利用して、野菜栽培をしています。ミニトマトやゴーヤ、パセリ、オクラ、バジル、ベビーリーフ、ラディッシュなどを作っています。連作障害が懸念されたため、土はすべて新しいものに替えました。2年目に入り、少し慣れたためか、ほとんど順調に生育しています。昨年、何回植えても失敗したオクラ。今年は、驚くほど立派に成長しています。教えてもらって、初めてチャレンジしたベビーリーフとラディッシュ。面白いほどに、簡単に収穫できます。ありがたいことに、歯ごたえのある新鮮なサラダが、食卓に並んでいます。

  ただ、大変なのが毎日の水やり。
 夕方、たっぷりと水を掛けてやりますが、さすがにこの猛暑は、野菜たちにも厳しそう。土の表面はカラカラに乾き、葉も弱っています。でも、朝方になると、シャキッと生気を取り戻しているから嬉しい限りです。

 
 困るのは、花と山野草。
 
 プランターの野菜は、毎日の水やりと適度な施肥のおかげか、素人の私でも何とか生育してくれています。
 なぜか鉢植えの花は、今一つの状態。元気に綺麗な花を咲かせていたはずが、急に枯れ始めることが……。順調に茎が伸び、葉も揃ったのに、花を咲かすことなく、なぜか腐り始めます。
 水のやり過ぎなのか、肥料がたりないのかなどと、いつも悩んでいます。小さな苗から買ってきて、毎日欠かさず見て育てているだけに、一抹の淋しさがあります。

 山野草は、高岡・おとぎの森で開かれている「山野草展示会」で、少しずつ買い揃えています。雄神(おがみ)盆草会の皆さんが、丹精込めて栽培している山野草。メンバーの方々とも、顔なじみになりつつあります。
 この時期、毎月のように開催されている山野草の展示会。展示作品には、メンバーの方々が心を込めて育てているだけに、一人びとりの個性と気品がよく表れています。
 同じ山野草でも、展示作品と自分が育てている山野草とのギャップの大きさ。この1年間育ててみて、つくづくこの力量の差というものを思い知らされています。もちろん初心者が、経験豊かなメンバーのものと比べること自体が、不遜な行為なのでしょうが…。
 しかしながら、少しずつ学び、教えを受けながら、自分なりの山野草を作り上げていくつもりです。

  野菜であれ、花であれ、山野草であれ、生きものを育てることは、意外と難しいもの。自然を相手とするだけに、自分の思い通りにいくことの方が少ないようです。それだけに面白く、病み付きになります。ある意味で、知恵の出しあいという気もします。

  かわいい子供たちが、今日も待っています。
 早く帰って、たっぷりとお水をやらねば……。(O)

30年目を迎えた「8月12日」

2015.07.28

(花)オーニソガラム、ミニちょうちん、グズマニア、てまり草(葉物)ドラセナ、ゴットセファナ

(花)オーニソガラム、ミニちょうちん、グズマニア、てまり草(葉物)ドラセナ、ゴットセファナ

 また、あの暑い夏の日が来ます。
 あの日は、異常に暑かったことをよく覚えています。

 8月12日。
 日航ジャンボ機墜落事故があった日。
 今年で、30年目を迎えます。

  昭和60年8月12日に起きた未曾有の大事故。
 羽田発大阪行き日本航空123便が午後6時56分、乗員・乗客524人を乗せて群馬県上野村の「御巣鷹の屋根」に墜落。奇跡的に4人が救出されますが、単独機では史上最多の520人が死亡。航空機史上、空前の事故といわれています。

  以前東京で、4年間勤務したことがあります。
 文京区白山の東洋大学近くのマンション。このマンションの5階に住んでいましたが、ベランダ越しに相撲部屋が見えました。旧・伊勢ヶ浜部屋(元大関・清国)です。現在の伊勢ヶ浜部屋は、別の場所に移転していますが、当時は白山にあり、3階建ての堂々とした建物でした。
 1階に稽古場があり、朝稽古を終えた後、屋上にある風呂場で汗を流し、浴衣姿で力士が休んでいるのをよく見掛けたものです。近所でも、しばしば力士に会うことがあり、逞しい体に驚くとともに、何となく愛らしい仕種に親しみを覚えたものです。

  この伊勢ヶ浜親方の奥さんと中学1年の長男、小学校5年の長女の3人が、あの事故で亡くなられました。
 当時、親方の事はマスコミが大きく取り上げていましたが、まさか伊勢ヶ浜部屋の近く住むとは思わず、事故からしばらく時間が経過していたとはいえ、家族全員を一度に失った親方の心中を思うと、居たたまれない思いを抱いたものです。

  「日航ジャンボ機墜落」(朝日新聞社社会部編、朝日文庫)と「おすたかれくいえむ」(8・12連絡会【日航機事故被災者家族の会】、毎日新聞社)という本があります。

  「日航ジャンボ機墜落」の後半に、「乗客名簿」が掲載されています。
 亡くなられた520人全員の氏名や年齢、なぜこの飛行機に搭乗したのか、詳細に記載されています。朝日新聞社会部の記者が書いた、どのページの原稿よりも、この事実のみを書いた名簿の方が重く心に響きます。人生の縮図を垣間みるようで、何度読んでも滲みわたります。

  この墜落事故に関しては、山崎豊子氏の「沈まぬ太陽」(新潮文庫)、横山秀夫氏の「クライマーズ・ハイ」(文春文庫)など、多くの著書が刊行され、ドラマや映画化されています。これらの本は、著名な作家が記述しただけに、フィクションとして興味深く読めますが、個人的にはこの「おすたかれくいえむ」に勝る本は無いと思っています。

 「おすたかれくいえむ」。
 御巣鷹の峯に散った日航機123便の犠牲者の家族が、故人の在りし日の姿を偲びながら綴った手記です。事故は時とともに風化しても、残された者の想いを消すことは誰にもできません。

 一周忌を前に、遺族の方々が自分の言葉で直接思いのたけを綴ろうと、文集「茜雲(あかねぐも)」が出来ます。手づくりの47ページ建ての小冊子。題名は、JAL123便から見えたであろう夕日に染まる茜雲に、鎮魂の願いを込めて名付けられました。
 毎年発行された文集「茜雲」がまとめられ、本として「おすたかれくいえむ」が出版されました。

  妻から夫へ、夫から妻へ、子供から父へ・母へ、両親から子供たちへ、祖父母から孫へ、兄から弟へ……と、切々とした思いが語られており、胸に迫るものがあります。

  30年の節目を迎え、「茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年」(本の泉社)が、新たに発行されました。
 本の帯に、ノンフィクション作家・柳田邦男さんは「喪失の深い深い悲しみというものは、30年という歳月の中で、こんなにも澄み切った慈悲の心をもたらすのかと、様々な手記の集積なのに大河小説を読んだような深い感銘を受けました」と寄せています。

  あちこちの書店を探しましたが、残念ながらこの本はありませんでした。
 予約して買い求め、鎮魂の思いを込めて読み進み、心新たに8月12日を迎えたいと思います。(O)

興味の尽きない不思議な病院

2015.07.21

(花)鉄砲ゆり、グロリオーサ、スプレーカーネーション、ビラミッドあじさい(葉物)モンステラ、ゴットセファナ

(花)鉄砲ゆり、グロリオーサ、スプレーカーネーション、ビラミッドあじさい(葉物)モンステラ、ゴットセファナ

 最近、聖路加国際病院に関する本を読みました。

 東京・築地にある聖路加(るか)国際病院。日本を代表する総合病院のひとつと言われています。
 医師や看護師、職員らすべてのスタッフを合わせると1,000人を超えるといいます。1年間に8,000件以上の手術を行い、延べ17万人の患者が入院するというから驚きです。
 言うまでもなく、この病院の理事長は日野原重明さん。103歳になられた今も、現役の医師として勤務され、数多くの著書や講演、メディア出演など、多岐にわたる活躍ぶりは余りにも有名です。

  今回読んだ本は、早瀬圭一氏の「聖路加病院で働くということ」(岩波書店)。
 初めて早瀬さんの本を手にしたのは「長い命のために」(新潮社)。もう30年以上も前のことだったと思います。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したこの本。故・児玉隆也氏の「ガン病棟の九十九日」(新潮文庫)とともに、私にとって医療や老人問題などに関心を抱く、きっかけとなった本です。

 「聖路加病院で働くということ」では、聖路加国際病院で働く数多くの医療スタッフの中から医師2名、看護師2名が選ばれ、取り扱われています。
 小児科医として、最前線で活躍してきた前副院長・細谷亮太さん。訪問看護の先駆者である押川真喜子さん。看護のスペシャリストであり、聖路加国際大学学長の井部俊子さん。そして副院長・救急部長として、今も第一線に立つ石松伸一さんの4名です。

 細谷亮太(ほそや りょうた)さん。
 ご存知の方も多いと思います。
 小児科医として、小児がん特に難病といわれる白血病の子供たちの治療の最前線に立ち、子供たちのターミナルケアにも早い時期から取り組んでおられます。
 エッセイストとしても有名で、「小児病棟の四季」(岩波現代文庫)、「川の見える病院から― がんとたたかう子どもたちと」(岩崎書店)、「いつもこどものかたわらに」(白水社)など、数多くの本を出版されており、10冊以上読ませていただきました。

  持論の「泣けなくなったら、医者をやめる」のごとく、細谷先生はよく泣かれます。

 「小児科医になり、治せなかった子ども達のそばで涙をどれくらい流しただろう。
  非力であることを思い知らされての『くやし涙』、やさしさに触れての『うれし涙』、そして人々の運命  
  のつらさに共感しての『かなしみの涙』。
  泣いてはいけないとアメリカ帰りのボスに教えられたのに、我慢ができない、流れ落ちる涙を止められな      
  い」「いつもこどものかたわらに」(白水社、29p)

 細谷亮太さんの本は、どの本もほのぼのと温かく、人間味にあふれています。幼いたましい、小さないのちを預かる医師として、小児難病の治療に全力を尽くすも、幼くして、若くして死を迎える場合があります。
 改めて、命について、死について考えさせられます。

  3年前、聖路加国際病院を定年退職された細谷さん。今後、一層の活躍が期待されています。個人的には、新しい本が出版されることを心待ちにしています。

 押川真喜子さん。
 細谷亮太さんの著書を通じて、以前からその活躍ぶりを知っていました。
 著書には、「在宅で死ぬということ」「自宅で迎える幸せな最期」(文春文庫)、「こころを看取る― 訪問看護師が出会った1000人の最期」(文藝春秋)などがあり、先駆者としての歩みと苦労話が赤裸々につづられています。

  訪問看護。
 「看護師などが居宅を訪問して、主治医の指示や連携により行う看護」とあります。
 厚生労働省は、健康保険料の増大や在宅看護の希望者の増加などにともない、訪問看護を広めようとしているようですが、まだ一般社会に普及しているとは言い難いようです。

 1990年代前半に、早くも本格的に訪問看護に取り組み始めた聖路加国際病院。訪問看護科立ち上げとともに、32歳の若さで押川さんがトップに就任。「自宅で看取りたい」「自宅で最期を迎えたい」という声に寄り添いながら、手探り状態で訪問看護を進めていきます。パイオニア的な存在であり、「カリスマ訪問看護師」ともいわれた押川真喜子さん。
 現在は、聖路加国際病院を退職され、新たな道に進んでおられます。

  聖路加国際大学学長の井部俊子さん。そして、地下鉄サリン事件で陣頭指揮を執り、今も救急部長として第一線で活躍する石松伸一さん。この2人のことは、初めてこの本で知りましたが、まさに聖路加国際病院を象徴する人材、この病院らしい人物という気がします。

  今回、紹介されていたのは、この4人だけです。
 でも、聖路加国際病院には、紹介されることがなくても、このような素晴らしい医師や看護師、職員が多く揃っている気がします。
 進取の気性に富み、自由闊達な雰囲気のある病院。一度もこの病院に罹ったこともなく、見たこともない病院ですが、なぜかそのように感じられます。
 長年、重責を担っている理事長・日野原重明さんの影響なのでしょうか。それとも、創設期からのポリシーが脈々と現在まで続いているためでしょうか。

  私にとっては、興味の尽きない不思議な病院です。(O)

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